道徳についてー続き

 

20170812_122444 前回に続けて、道徳の問題を考えてみます。
前回の記事で、私は教育勅語の問題点を指摘し、その最後で、教育勅語を貫いているのは皇民教育そのものであり、そのような勅語を暗記・暗唱させるのは、勅語のそのような危険な思想を丸ごと子どもたちにすり込もうとするものだと書きました。
では、日本国憲法の前文を暗記・暗唱させるとしたら、それはどうなのだろうか。その 場合は、前文の思想(国民主権・民主主義・平和主義など)を丸ごと子どもたちにすり込むことになるのだから、良いことなのでしょうか。
この問題を徹底して考え抜くことが、前回の記事で私が「自律」と「他律」に分けて道徳を論じた部分のよりよい理解につながると思われます。

私は、日本国憲法の前文を、毎朝、保育者や教諭や教師が子どもたちに暗唱させるような「教育」が行われるとしたら、それもまた、戦前の教育勅語暗唱教育と、同レベルの誤りを犯すもので、「百害あって一利なし」だと考えています。
私が、そのように考えるのは、暗記・暗唱させるという教育の方法そのものが、子どもたちの人間性を否定するものだと思うからです。
前回の記事で、私は、道徳は、人が人との関係でどう振る舞うかに関わる行為基準であり、それは、個々人が自由意志によって自ら打ち立てるものであり、それが正しいものとなるのは、「人間性(人間の尊厳)」を唯一の基準とする場合だけであると書きました。
「自由意志」により、「人間の尊厳」を基準に、「自ら立てる」ものこそが真の道徳であるなら、子どもたちが、家庭・地域・幼稚園・保育園・学校などで大人や他の子どもたちと自由に関わりを持ち、そこでの経験を通して、自分が人間であり、誰にもおかされない人権を持っていること、それと同じように、自分の周りの大人たちや他の子たちも、同じ人間であり、誰にもおかされない人権を持っていることを、理屈ではなく、全身の感性で理解し受け止めることが出来るような教育をすることが、子どもたちを取り巻く大人たちに求められていることになります。
このことを理解すれば、暗記・暗唱教育が、その対極にあることをわかっていただけると思います。

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72年前、戦争が終わって、その反省の上に立って、日本は生まれ変わろうとしました。
その反省と生まれ変わりへの決意を明らかにしたのが、日本国憲法であり、教育基本法です。
この教育基本法を作った田中耕太郎は「教育改革私見」(昭和20年9月)に、次のようなメモを遺しています。
・教育と国家主義ー国家と真理及び道義との関係ー国家も真理及び道義に奉仕すべきものなることを明瞭にすることー反対に権力国家的思想即ち国家が正邪善悪に超越する存在なること又は国家が正邪善悪の尺度を規定し、国家に有用なるもの即ち正且つ善なりとの思想を排撃すること。
・教育を政治より分離し、教育制度を政党政派の対立並びに勢力関係の影響外に置くことーこのために教育に憲法上司法権に与えられたる独立の地位を保障する取り扱いをすること。
・文部大臣の頻繁なる更迭はこれを避くべく、原則としては教育界又は学会出身者を以てこれに充つること。
・更に文部省の存在理由及び権能を再検討し、これを存置するとせば、その活動を原則として教育の内容に干与せざる純粋なる事務的方面に限局すること。
ここに示されている田中の思想をもう少しかみ砕いて言うと次のようになります。
① 何が正しく、何が真理であるのかは、国が決めることではなく、児童自身がつかみ取るべきものである。
② 従って、教育に対する政治介入や支配は、あってはならない。
③ そのためには、かっての国家統制教育の推進者であった文部省の根本的な改革が必要であり、文部省を、今後も教育にかかわらせるとしても、それは、教育内容ではなく純粋に事務的な問題に限るべきであること。
旧教育基本法は、前文で「われらは、さきに日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。」と、高らかに教育の理想をうたいあげ、10条で「①教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。②教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。」と田中が上記メモで示した思想を条文化しています。

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歴史に「もし」は無いといいますが、それでも私は、考えざるを得ません。もし、戦後72年間、この教育基本法の理想を守り、これを具体化する教育が教師、親、社会、国の全てを挙げて誠実に追求されてきたなら、私たちの前には、どんな社会が成立していたことだろうかと。
だが、現実には、教育基本法が出来ると同時に、旧内務省から横滑りした文部官僚たちの手によって次々に出される通達などをテコに、この理想は掘り崩されていったのです。ですから、私を含め、戦後の学校を卒業した国民のほとんどは、極く一部の例外を除き、田中耕太郎や旧教育基本法が理想とした教育を実際には、経験していないのです。そういう教育を受けていないのです。
このように言うと、「お前は、戦後民主教育を全否定するのか」と激しい非難と批判の声が巻き起こるかも知れません。「私たちは、文部省の不当な介入や支配に抗して、民主教育を守るため、必死で闘ってきたのだ。それが全て徒労だったというのか」と。
私は、そうした教師たちがいたことを否定するものではありません。そうした教師達の文字通り血のにじむような努力と苦闘があったからこそ、教育の反動化の進行を押しとどめてきたことも否定するものではありません。
しかし、それでもなお、そのように努力を重ねてきた教師を含め、その教育実践には、根本的なところで、欠けていたものがあったと言わざるを得ません。
それは、旧教育基本法前文の言う「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間を育成する」とはどういう教育なのかということにかかわる問題です。
ここには「希求する」とあります。子ども自身の能動的な態度が前提となっています。旧基本法前文のこの文章には、二つの態度が明確に対置されているのです。
一つは、「個人の尊厳」「真理と平和」(の大切さ)を教師が子どもに教える教育であり、
もう一つは、子ども自身が子ども自身の意志によって、「個人の尊厳」や「真理と平和」(の大切さ)を自らつかみ取る(希求する)ことが出来るようにささえ導く教育です。
いうまでもなく、教育基本法は、後者こそ、本当の教育だとしているのです。
しかし、残念ながら、この2つが、決定的に違う本質を持つことを、文部省に抵抗して苦闘してきた教師たちのほとんども、また私たち国民もわかっていなかったと言わざるを得ません。
そのことは、例えば、林竹二が、全国の小中学校や、高校を回って「授業」をしたときの経験が証明しています。林竹二を呼んで授業をして貰おうとするのですから、彼が訪れた学校の教師たちは、よりよい授業をつくるために、どうしたら良いのか日夜悩み奮闘している人たちだと言って差し支えないと思います。彼が授業をした湊川高校定時制の場合など、教師たちは、荒れ放題に荒れている生徒たちに対して、文字通り悪戦苦闘を繰り返していたのです。

そうした学校での授業で、教師たちから「落ちこぼれ」「問題児」等と見られてきた生徒ほど、林竹二の授業に深く集中し、授業の後の感想では、授業で林竹二が提示した問題を自分の問題として受け止めて真剣に悩み考えたこと、そしてそのような形で受けた授業は、自分がこれまで受けたどの授業とも違って楽しかったと記しているのです。教師たちから「勉強する意欲が無い」と言われ続けた生徒が「90分が20分に感じた、もっとやって欲しかった」と学ぶことへの強い意欲を示すのです。
林竹二の授業にあるのは、「何故」「どうして」を徹底して追求する授業です。生徒自身に徹底して考えさせる授業です。それに対置されるのは、結論を教えて、それで終わりとする授業です。
林竹二のような方法を誰でもできるわけではありません。生徒自身が「林先生の話の中で、私たちも何か問題を見つけて、その問題を知らず知らずのうちに林先生に教わっているという、魔法のような授業のように思われました。」と書いているように、「魔法のような」授業だからです。方法は色々あるだろうと思います。
大事なことは、子どもが主人公であり、子どもから出発する教育ということだと思います。
教師が、カリキュラムをつくり、これを教えるには、どうやったら良いかと手順と話の流れを考え、それにそって授業を手際よく進める。時々生徒に質問を投げかけはするが、それに対する生徒の答えの内から、自分が予め立てた授業計画にうまくはまる答えを取り上げて、先に進んでいく。そうしたものが優れた授業実践とされる。しかし、そこには手際よく授業を進めていく教師がいるだけで、子どもは存在しません。少なくとも、この教師は、自分の授業の中での、子どもの表情の変化、いまこの子は何を考えているのか、どんな問題にぶつかっているのかを見ていません。子どもが見えていないのです。教師が教えたいことだけがあるのです。
そうした教育では、こどもの自発性、自主性は、押さえつけられ、損なわれ続けます。
そこでは、教育は、基本的に、外から子ども達に与えられるものとされているのです。

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時々テレビであれこれの「幼児英才教育」の紹介番組が放映されます。
そうした「英才教育」の多くは、こうした「外からの教育」「詰め込み教育」の典型と言えそうです。そこでは、知識と勉強法が、子どもに叩き込まれるのです。
また、子どもたちを塾や習い事に通わせることは、いまでは、ごく当たり前のこととされ、そうした風潮の中で、日々の生活費の工面にも苦労している例えばシングルマザーの母親までが、自分の食べるものを削ったり、時には借金したりしてまで、子どもたちを塾や習い事に通わせています。そうする理由として、親たちが語るのは、公立学校だけでは、「良い学校」に進学できないからといい、あるいは、子ども自身が行きたいと言ったから等と言い、あるいは子どもには情操教育が必要だから、幼い時からそうした環境を保証するのは親の責任だからといい、あるいは、子どもにはどんな才能があるかわからないから、それを見つけて伸ばしてあげるのが親の責任だから等と言います。
しかし、そのようにして、子どもたちを塾や習い事に向かわせることによって、子どもたちの育ちにとって最も重要なことが、抜け落ち、失われているのではないでしょうか。
子どもたちの育ちにとって最も重要なこととは、自由な遊びを通しての人と人との関わりであり、遊びの中での発見であり、創造であり、それら全てを通しての人間としての成長です。
ところが、幼時期には「英才教育」に、そして学齢期になると塾や習い事に通わされる子は、乳幼児期から学齢期という最も重要な時期に、母子関係・父子関係をしっかりつくることが出来ず、更に、子ども社会の中で思う存分遊ぶことも出来ずに過ごすことになります。
本来、子どもは、それまでの狭い親子関係だけの世界から、一歩外に出て、それまで知らなかった世界に触れ、それまで知らなかった「他の子」と触れ、子ども社会での遊びを通して、子どもの人間としての成長が始まります。例えば、それまでの親子関係でのように、自分の要求だけに固執するような振る舞いを続けたら、誰も遊んでくれなくなり、「自分」と「他の子」とが一緒に遊ぶためには、どうしたらよいのかを学んでいきます。「人間の尊厳」「個人の尊重」の学びの1歩です。そして、そこで最も重要なのは、子どもの自由です。子ども自身が、自分の体験から学び取る前に大人が「わがままはだめでしょ!」と叱ってしまっては、そうした学びにはつながりません。だから、そうした成長は、一方的に「しつけ」とか「指導」という名の下に、子どもたちを大人の考える「理想」の型に押し込むことによっては決して起こりえないのです。なぜならそこには、子どもの自由が無いからです。そしてそうやって、自由を否定されて育つ子は、自分以外の他人の自由を侵害することについて鈍感になります。
幼い頃から、親から虐待や育児放棄を受けて育った子が、手のつけられない乱暴者になり、他人に対して暴力を振るう。あるいは、幼い頃から、厳しく躾けられて育ち、教師や大人の前で、礼儀正しく優等生的な振る舞いを見事にしている子が、大人や教師の見ていない場では、同級生に対し、巧妙で陰険ないじめを繰り返す。
そこに共通しているものを、久保田浩の言葉を引用すると次のように言えるかと思います。
人間として認められたことがないものが、他の人々を人間として認めようとするだろうか。ほんとうの自由を知らずに育った子どもたちは、他の人々の自由を妨害しても、それが人間としてしてはならないことをしているのだと気付くわけはない。
常に差別がまかりとおっている世界にいる人間は、平然と仲間を差別するのは、あたりまえともいえる。
できる、できないという目で、親も教師も子どもをみている。自分よりできない子どもをみつければ、彼は相手を下にみて省みることはない。ときには、それの抹殺すらやりかねない。そうした子どもは自分より上位にいる者には、卑屈になり、下僕にされても反抗しようとしない。
久保田浩が、「現在はこうした状況に、子どもをおきかねない。それがどれだけ恐ろしいことか、気付くどころか、そうすることによって、子ども達の指導や教育が効果を挙げるのだと信じ切っている人々さえいる。現代の危機のひとつは、ここにある。」と警鐘を鳴らしたのは、1983年です。
そして、林竹二が、「教育亡国」を著して、このまま、今の教育が続けられたら、日本は破滅すると警告したのも同じ1983年です。
今、私たちの目の前で進行している事態は、これらの警告が、恐ろしいほど的中していることを示しています。
子どもの虐待、ヘイトスピーチ、特殊詐欺の横行、ブラック企業の横行、「人の迷惑を顧みない」ふるまいをする人々、いじめ、福島避難者への差別、沖縄差別、モンスターペアレント、シルバーシートを我が物顔に占領する若者、平然と嘘の答弁を繰り返す官僚たち等々。そして、日本の根幹にかかわる安保法、共謀罪、憲法改正などの事態に対して「無関心」な人々、これらは、林竹二や久保田浩が警鐘を鳴らした「誤った教育」あるいは「決定的に重要なものが欠落した教育」によって育てられたことの結果と言っても過言ではないでしょう。
丸山真男が1953年に「民主主義の名におけるファシズム」で指摘した「非政治化された自由」(大宅壮一の「1億総白痴化」も、同じ問題の指摘と言えそうです)ー大衆の関心を狭い私的なサークルの中に閉じ込め、非政治的にすることによって、国民主権が空洞化し、政府が自由に振る舞えるようになるという政治的効果ーが、実現した背景としても、こうした教育があるということができるでしょう。
いま、こうした中で、道徳教育が教科化されました。「道徳が乱れている。だから道徳教育だ」と言われると、多くの国民は、納得してしまうでしょう。
しかし、これまで詳しく書いてきたように、「道徳が乱れている」のは、これまでの教育の結果なのです。上記のアンダーラインを引いた久保田浩の言葉をじっくり読んで吟味してみてください。「他律」の強制、「自律」の否定、外からの教え込み、そうしたことが、他人の自由を尊重せず、他人を差別し、上に卑屈に、下に横暴にふるまう人を育てると言っているのです。
だとしたら、そこへ「教科化」という形で更に強力に他律道徳が教え込まれたらどうなるかは、明かです。もっと、深刻な道徳の破壊=人間の尊厳を唯一とする道徳の破壊=が進むこととなります。
例えば、教科化される道徳の教材の一つに「二つの手紙」というものがあります。
ある市営動物園の入園係をしていた元さんという人の話です。元さんは、定年まで数十年の間、この市営動物園で働き、その真面目な働きぶりは、誰もが認めていて、この話のときは、定年後の臨時雇用で働いていました。あるとき、元さんは、毎日閉園間際になると、動物園の入り口付近に来て、園の中を覗いている姉弟(姉は小学3年生くらい、弟は3、4歳)の存在に気付き、「よほど、動物が好きなんだろうな」とほほえましい気持で見ていました。ところが、ある日、入園終了時間後にやってきた姉弟は、元さんに、2枚の入園券を示して、入園させて欲しいと言ってきます。元さんは、今日はもう入園時間は終了していてもう間もなく閉園になるということと、小さい子は親と一緒でないと入れてあげられないのだと一旦は断ります。すると、姉は「今日は、弟の誕生日だから、見せてやりたかったのに」と泣き出しそうになってしまいます。それを見て、元さんは、もうすぐ閉園だからすぐに戻ってくるんだよと注意して、姉弟を入園させます。しかし、閉園時間になっても姉弟は戻ってきませんでした。職員総出の捜索の結果、1時間ほど経って姉弟が林の中の池の周りで遊んでいるのを無事発見しました。
その数日後、姉弟の母親から手紙が来て、そこには、お詫びと感謝の言葉に続けて、父親が病気のため母親は、毎日仕事で、姉弟に付き添えなかったこと、入園券は、姉が弟のため自分の小遣いで買ったことなどが書かれていました。その後元さんは、上司からもう1通の手紙(懲戒処分ー停職処分の通知)を受け取ります。
元さんは、この話の語り手佐々木(事件当日、元さんと一緒に受付係をしていた人。おそらく元さんと違って正規の職員だと思われます)に「佐々木さん、子ども達に何事もなくてよかった。私の無責任な判断で、万が一、事故にでもなっていたらと思うと…。この年になって初めて考えさせられることばかりです。また、新たな出発ができそうです。本当に御世話になりました。」といって、園を去って行きます。元さんの姿に失望の色はなく、むしろ、晴れ晴れとした顔で身の回りを片付けるのでした。
この教材での獲得目標は「法やきまりを守ることの大切さ」とされています。しかし、この教材から学び取ることを、それだけにしてしまって良いのでしょうか。この教材には、考えるべきことが沢山含まれているように、思います。例えば、
①・もし、元さんが、規則に厳格に、姉弟の入園を断固として認めなかったら、そうした元さんの行動は姉弟にとっては、どういうものと受け止められたか。
②・もし、これが、閉園時間に、姉弟が戻ってきた場合は、どうなのか。それでも元さんは規則違反で処分されるべきなのか。
③・停職処分は、妥当か。
④・入園させるとしても、例えば、元さんか、佐々木が一緒についてあげるなどの方法はなかったのか。
⑤・元さんが、親と同伴でないのに、入園させたのは、まだ閉園時間前だから、先に入園した他のお客も園内に残っていると思ったからではないのか。
⑥・一緒にいた佐々木には何故処分がないのか。
⑦・停職処分なのに、元さんが、自分から園を辞めたのは何故か。
⑧・元さんは、泣きそうな姉に「どうして、今日じゃなきゃだめなの?お母さんかお父さんが一緒にこれなかったのはどうしてなの?」等と、もっと詳しく事情を聞くべきではないのか。
・等々。
つまり、ここには、「規則を守ることで姉弟を事故から未然に防ぐ」という問題と共に姉の弟に対する切ないまでの思いやりを無下にしてよいのか、それに寄り添わなくてよいのか、という問題があると思われます。そして、こうした問題について子ども達の議論の結果、姉の思いを大切にしてあげたいということになるなら、子ども達のそういう気持を大切にすべきだろうと思います。そして、そうした気持をしっかりと確かめた上で、更に議論を進めていくなかで、仮に、子ども達が、①の断固入園拒否ではなく、④の方法がベストだと判断したときに、「いや、そうではない。やはり規則を破った元さんは間違っている。だから、処分は仕方無いのだ」と子ども達に教えるのが正しいとは、私には思えないのです。大事なことは、上記のようなこと(あるいは子ども達はもっと沢山の問題をみつけるだろうと思いますが)について、「人の思いを大切にし」「人の命を大切にする」というレベル(それは正に、人間の尊厳に思いを致すことにほかなりません)にまで深めて真剣に考え、悩み、答えを出していく過程にこそあるのではないかと思うのです。それを「規則を守ることの大切さ」などという形式的な価値観のレベルにとどめて終わりにするのでは、「思考しない」子ども達を生み出すだけではないかと思うのです。

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道徳とは何かー教育勅語の何が問題なのか

9月10日の日曜日、私は、江戸川・生活者ネットワークに招かれて、教育勅語について講演しました。
当初この依頼があったとき、「教育勅語の問題点を話すだけなら、それほど難しいことは無い」と、正直軽い気持で引き受けたのですが、「教育勅語に書いてある徳目自体は良いことを言っている。」と稲田や下村などが言い、世間にもそうした受け止め方があることから、それがとんでもない誤った理解であることをきちんと理解して貰うには、まず初めに、道徳とは何かについても語る必要があることに思い至りました。しかし、これ(道徳とは何か)は、一筋縄ではいかない問題をはらんでいます。私自身、わかっていたつもりの「道徳」のはずが、考えていくと様々な問題にぶつかり、それを解決するために、講演までの1ヶ月半ほどの間に、哲学書、政治学、社会学、歴史学、倫理学などいくつもの本に当たりながら、考えを進めなければなりませんでした。ですから、当日の講演で私が話したことは勿論、これからこのブログで書くことも、あくまでも、私の思考の途中経過に過ぎないことをはじめに御断りしておきます。


当日、私は、会場の参加者に向かって「この中で、道徳とは、他人との間でどうふるまうべきかを定めた社会のルール=行為基準だと思っている方は、手を挙げてみて下さい。」と質問を投げかけることから話を始めました。この質問に、とまどいながらも、ほとんどの方が手を挙げました。私がこのような質問から始めたのは、おそらくこのブログを読む多くの方も、同じでしょうが、多くの国民は、道徳を、個人の行動を導き規制するルールとして、個人の外に定立されているもの=社会的な行動規範と受け止めていると思うからです。
道徳をそのようなものと捉えるということは、道徳は、1人1人に対して外から「こうあるべきだ」と指示しあるいは命令するものと捉えることになります。
「皇祖皇宗徳を立つ」とする教育勅語は、天皇及び天皇家が、臣民に対して、徳目を与え、それを守るように指示したと言っているのですから、その典型です。徳目を定めるのが、皇祖皇宗でなく、国や、宗教家や、特定のグループの指導者であっても、それが、個々人の外から、個々人に対して「守るべきもの」として定められるとする点では共通しています。


でも、本当にそうなのか。道徳とは、個人の外にあるのではなく、個人が人との関わり方について自ら打ち立てる行為基準であるとする捉え方もあるのではないのか。そのことについて先ず、思いを巡らせて貰いたかったのです。
いわば、道徳を「他律的なもの」と捉えるか「自律的なもの」と捉えるかの違いです。
「他律的なもの」であるなら、個々人には、それを守るという選択しか無く、それが正しいかどうか、別の行為基準は無いのか等と考えることは許されていないのですから、個々人の自由な意志は、そこでは認められていません。
こういうと、「守らない」という選択の余地があるのだから、守るか守らないかを決めるという点で自由意志が認められているではないかという反論もあるかと思います。しかし、自由意志が認められている証拠とするためには、守らないという選択をしたことで、非難されたり、処罰されたりしないということでなければならないはずです。戦前の日本で、教育勅語や、修身で教えられることと異なる考えによって行動することは、許されず、教師にビンタを食らったり、処罰されたりしました。これを、勅語や修身と異なる考えを持っていたのだから自由意志が認められていた証拠だなどと言うことが出来ないことは明かです。結局「他律道徳」は、個々人に対して従順にそれに従うことを求めるという本質を持ち、従ってそれは究極のところでは盲従につながります。


ところで、「他律道徳」は、このように、「私はそんなものは認めない。処罰するならしてみろ」という人には、通用しないことになります。言い換えるなら、そういう人には、「他律道徳」は、行為基準として働かないこととなります。
しかし、道徳は、人と人との関係の在り方にかかわるものですから、全ての人が道徳的に振る舞ってくれなくては困ります。そして、そのためには、道徳は外在的なもの(他律)ではなく、内在的なもの(自律)として、個々人それぞれが自ら打ち立てる行為基準でなければならないこととなります。個々人が、自分自身のために、人間としてどうあるべきか、自分で打ち立てる行為基準ですから、「私はそんなものは認めない」などと言って、それを破ることは、自己否定(人間であることをやめる)でしかありません。
このように、個人が何故道徳(ルール)を守らなければならないのかは、「他律」の考えでは、そのルールを守ることが、そのルールを定めた社会(国家)やグループ・集団に帰属し続けるために必要だからであり、「自律」の考えでは、守らないことは、自分が人間であることを自ら放棄することにつながるからであると、両者は、全く異なった理解になります。


「他律」が、このようなものであることは、「他律道徳」に従って行動する人は、行動の意味を自分自身に突き詰めず、「この場では、どう振る舞ったら良いか」を、自分の帰属するグループや社会や国家等が自分に求めていることを忠実に実行することこそ、道徳的な態度だと考えます。
戦前、隣組の中で、国防婦人会などの中心となって旗を振り、反戦的な考えを持っている人がいたら、その人を特高に密告した国民は、密告によってその人がどうなるかに思いを致し、罪の意識を感じるどころか、お国のためになることをしたと誇りすら持っていました。
映画サウンド・オブ・ミュージックの中で、トラップ一家が、ドイツを脱出して亡命しようとするとき、一家の娘(リーズル)と恋仲だったヒトラー・ユーゲントの青年(ロルフ)に見つかり、見逃して欲しいとする娘の懇願を振り切って、笛を吹き、隊長に、逃亡者の存在を伝えるシーンがあります。この時の青年も、「世界に冠たるドイツ」を取り戻すというヒトラーとその指導理念に従って、自分が行動したことを英雄的行動と思ってしているのです。つまり、そうすることこそ、ナチスドイツで、自分が上官からの覚えめでたくなり、出世することに繋がると考えているのです。
同様に、森友問題で、「記録は破棄した」「記録は残していない」「適正な処分だと考えている」等、日本中の顰蹙を買いながら、安倍首相とそのお仲間を守り抜いた佐川理財局長も、安倍首相とそのお仲間の求める通りに忠実に行動することこそ、安倍首相とそのお仲間たちのグループで覚えめでたくなり出世する唯一の道だと考えて「英雄的」に安倍首相の代わりに「打たれ犬」の役割を演じて見せたのです。そこにあるのは、国民主権の憲法の下で、役人は、主人公たる国民との関係で、どうあるべきかを、常に自らに問いかけて、自らの行動を律してきた前川喜平氏の態度とは対極に位置する態度ということができます。
かって、ハンナ・アーレントは、「イェルサレムのアイヒマンー悪の陳腐さについての報告」(1963年5月)の中で、ユダヤ人を強制収容所に送り込む中心の役割を果たしたアイヒマンについて「彼は、怪物的な悪の権化ではなく、思考の欠如した凡庸な人物に過ぎない。」と評しました。そのように評することでアーレンとが言おうとしたことは、アイヒマンが悪魔的な人間だから、あのような行動ができたのではない。そのように考えることは、ナチスの残虐行為に「理解を絶する」と感じている多くの人々にとっては、心情的には、楽かも知れないが、実際には、彼は悪魔でも何でも無く、極く普通のどこにでもいるような人間であり、そのような凡庸な人物が、あのような行為をすることが出来たのは、彼が、ナチスドイツの支配的な考え方に沿って行動することが、自分が、その社会で認められ出世していく道だと選択し、そこで思考停止したからであるということなのです。アーレンとがここで言う「思考の欠如」とは、「この行為を行った場合、私は私自身と共に生きることができるかという問いの欠如」を意味しています。これは、言い換えれば「自律道徳」の欠如に他なりません。
「恥を知れ」という言葉があります。
戦前の国防婦人会の女性も、ヒトラー・ユーゲントのロルフも、佐川理財局長も、あるいは共謀罪審議の打ち切り動議をした維新の議員も、更には、731部隊の医師らや、戦前の特高も、彼らの行動について「恥を知れ」と言われてもおそらく何の痛痒も感じないのだと思います。恥を知るには、自分自身の内に、自律道徳があることが前提ですが、思考欠如(思考停止)によって、そうした自律道徳を打ち立てていないからです。

さて、自由な意志によって、個人が人との関わり方について自ら行為基準を打ち立てると言う場合、それは、先ずは、人との関わりをどのようにすることが、自分自身にとって「良いこと」になるのかを考えることです。それと、「自己中(自己中心主義)」とは何が違うのでしょうか。
人間は、生来自己中です。なぜなら、人間は、自分の目で見、耳で聞き、心で感じた世界を、この世界と考えるからです。しかし、それは、そのままでは、その人の受け取った世界に過ぎないから、実際の世界を十分正しく認識しているとは言いがたいことになります。ですから、そうした認識に基づき行動する人は他の人からみると自己中になります。すなわち、主観主義あるいは独善ということになります。そして、そうした人は、自分の人生で「つまづき」を繰り返すことを避けることが出来ません。「つまづく」ということは、自分の考えが間違っていることの証明です。間違っているために自分にとって「悪い結果」(つまづき)が生じたのですから、「良い結果」を招くためには、誤り(主観主義と独善)を自ら正すしかありません。
ここで大事なのは、「良い結果」は、「自分の利益あるいは自分だけの利益」を意味するものではないという点です。自分の利益の実現に最も有効な行動を選択することを自分にとっての道徳律(良いこと)であるとするのは、実は自分の欲望・生理的要求の奴隷として行動しているだけであって、自由なようでいて、その本質は、そうした物に縛られた「他律」にほかなりません。かって「お金を儲けて何が悪い」と言い放った人がいました。そういう彼は、お金の亡者になっているだけではないでしょうか。そして、日本中の人が彼のように「お金を儲けて何が悪い。お金を儲けるためなら何をしてもよい」ということを自らの道徳律として行動するようになったら、そこにどんな社会が現出するでしょうか。国民が全て芥川龍之介の蜘蛛の糸にむらがる亡者のようになった世界を想像すると、ぞっとするしかありません。
繰り返しになりますが、自分が立てる道徳規準が正しいのであれば、それは、同時に自分以外の他人にとっても正しいことになります。「自分はこうすることが許される」が「他人には、許さない」というのでは、万人を納得させる道徳律とは言えませんし、そもそも、人と人との関係に関するものですから、「自分はこれをしても許されるが、お前には許さない」と言われた人との間で円滑な人間関係を築くことなど出来るはずもありません。


そうすると、「自分にとって良く」しかも、それが同時に他の人々にとっても良いと言える行為基準を立てるしかありません。
それは、「人間の尊厳」そして「事実」によって打ち立てる道徳律です。
「人間の尊厳」が道徳律の基準になるというのは、全ての個人は、対等平等であり、尊厳を持った存在であるのだから、他人の尊厳を否定したり損なうような行為は決してしないという行為基準を立てるということです。

この点につき、先日、東京新聞に琉球大教授の阿部小涼氏が、「戦争を拒否するということは、自分の内なるパターナリズム(家父長主義・父権主義)、セクシズム(性差別)、レイシズム(人種差別)の3つのを自覚し克服すること抜きにはありえない」という趣旨の意見を書いていました。これは、要するに、他人を差別するということは、自分と他人との間に、人間としての価値の相違があるという思想があるからであり、それは畢竟人間の尊厳を徹底して擁護する立場とは相容れないことになるということの指摘だと思います。つまり、戦争は、兵士を、人間として扱わず戦争遂行の単なる駒として時には爆弾を抱えての肉弾攻撃を強い、銃後の国民には、戦争遂行のために、あらゆる我慢を強い、戦場では、暴行・陵虐、略奪が横行するなど、人間の尊厳を徹底して否定し破壊します。自己の内に差別意識を抱えている者は、こうした戦争の非人間性を根源から批判し、拒否することが出来ず、彼らの差別意識は、戦争に反対する市民・国民の中に分断を生み出すことになるということだろうと思います。その意味で私は阿部教授の挙げる3つのイズムに限らず、全ての自分の内なる差別(学歴、経済力、職業、言語ー方言、障害、既婚・未婚、外見・外貌、等々)を自覚し克服することの必要性を指摘しておきたいと思います。
もう一つの「事実」とは、先に「自己中」の箇所で指摘した「主観主義・独善」に対するものです。
先日問題となった関東大震災の際の朝鮮人虐殺を否定する日本会議やネトウヨと言われる人々は、否定の論拠として、震災直後の新聞記事(「不逞鮮人が暴動を起こしている」とか「軍隊と衝突して1小隊が殲滅させられた」とか、その後の歴史の検証で、全て完全なデマであることが証明されている記事)を取り上げて、「これこの通り、朝鮮人が先に暴動を起こしたり略奪行為をしたりしたのだ」等と主張しています。日本会議やネトウヨが、誠実に、大震災時の朝鮮人虐殺の有無について、真相を知ろうとするのであれば、このように、自分に都合の良い報道だけを見るのではなく、その後の、事実経過とそこで明らかになった事実をきちんと検証すべきでしょう。彼らに共通しているのは、事実に対する誠実さの欠如です。自分は主観主義に陥っていないか、独善的になっていないかとする思考の欠如です。そして、これは、戦前の国粋主義者たちにも共通しています。「話せば分かる」という犬養毅を「問答無用」と射殺したように、彼らは、事実に基づき誠実に自分と異なる意見を持つ者と話し合い、自省が必要なら自省するという姿勢を持ち合わせていません。ですから、こうした彼らの自分と異なる意見を持つ者に対する対応は、暴力による意見の封殺になるのです。


ここで少し話が逸れますが、暴力による意見の封殺あるいは暴力的傾向との関係で、「外から強要する道徳」の典型の一つとしての体罰について、私自身が経験した2つのエピソートを紹介しながら触れてみたいと思います。
私が、子どもの頃住んでいたのは、長野市郊外の県営住宅で、風呂は、その住宅内にある共同風呂で、曜日によって男風呂と女風呂にわかれていました。ですから、今のように、毎日風呂に入るなどということはなく、せいぜい週に2回か3回です。そんなわけですから、1度男風呂の日の入浴をしそこねると、共同風呂が休みの日もありましたから、5日も風呂に入っていないということもありました。あるとき、母が、余りにも汚れた私を見て、風呂に行くように求めました。しかし、その日は、女風呂の日です。当時私は、小学校3年だったと思いますが、同じ住宅に住んでいる同級生の女の子も入っている可能性がある女風呂に行くことに激しく抵抗しました。かといって、母に対して、「だって、同級生や同じ学校の女の子も入っているかもしれないじゃないか。そんなところに、入るなんて恥ずかしくて絶対に嫌だ」と、嫌がっている理由を言うことが出来ません。そういうことを意識しているということが母に知られるのが恥ずかしかったからです。ですから、嫌がる私は、単に風呂嫌いでわがままを言っているだけだと思った母は、許してくれませんでした。よほど汚かったのだろうと思います。渋々、風呂道具を持って家を出たものの、どうしても、女風呂に行く気持になれなかった私は、道ばたの小石を拾って、「かあちゃんのバカ-!」と叫びながら、台所の窓に向かって投げつけてしまいました。その時、母は、私を叩くなどしませんでした。代わりに母がしたことは、私が投げつけた小石を持って、それを自分の頭に投げつけたのです。私は、それを見て、自分の足元がクラクラするような衝撃を受け、泣いて母に謝りました。


もう一つは、私が中学の時の話です。雪がからんでいますから、冬のことだったと思います。昼休みに、各教室の外にコンクリの渡り廊下のようなものがあったのですが、そこに立って、教室の外壁に身体をもたれて、ひなたぼっこをしていた私は、中庭をはさんだ向かいの建物の2階(そこに職員室や校長室がありました)の廊下の窓越しに、1人の教師から、いきなり「おい、そこの!お前だ、お前、ちょっとこい!」と呼びつけられました。この教師は、普段から、何かというと生徒に暴力を振るっていたため、呼びつけられた私が、「何がいけなかったのだろう。」と思いつつ、こわごわとその教師の前に出ったところ、いきなりビンタを食らったのです。理由も何もありません。後から、分かったところでは、私が立っていた直ぐそばでゴム跳びか何かをしていた女子に対して、どこからか雪玉が投げつけられたということで、それをこの教師は、すぐそばにいた私の仕業と判断したということでした。何もしていないのですから、当然ですが、殴られた私は、何かを反省するなどということはありませんし、私の中には、この教師に対する恨みと怒りしか残っていません。
体罰は、体罰を加える側と加えられる側の絶対的な上下関係の存在が前提となります。言い換えれば、体罰を加えられる側には、加える側に対する反論や反撃の余地が無いのです。後者の例は、そのことを雄弁に物語っています。「私の仕業」と誤って判断した教師のビンタに対し、私が、「理由が無く殴った。不当だ、怪しからん」と教師を殴り返すことは出来ないのです。そもそも「何がいけなかったのだろう」と自分自身に問いかけながら、教師の前に立った私に対し、理由も何も言わずにいきなりビンタを加えるという行動には、「生徒の間違った行動を生徒に気付かせる」という気持が欠片も見られません。つまり、この教師には、生徒を「人間としての尊厳」を持つ者として見る姿勢が欠落しているのです。体罰を容認する人々は、体罰を「教育のため」の必要悪といいます。そういう人は、おそらく主観的には、「教育のため」という積もりで体罰を振るっているのでしょう。しかし、「積もり」は「積もり」でしかありません。実際には、相手の人間としての尊厳を認めた上での「教育的なアプローチ」の力量が足りずに、そうしたアプローチを断念し、放棄したところに体罰が発生するのです。言い換えれば、教育者としての力量不足が、体罰に走らせるのです。そうした体罰によって、相手が「従順」になったとしても、それは教育の成功ではなく、犬がマズルコントロールによって服従するようになることと大差ありません。
そのことは、共同浴場女風呂事件で、もし、母が、きかん気で、乱暴な振る舞いをした私に対して、体罰を加えていたらどうだったかを考えると良くわかります。その場合でも、おそらく私は、泣いて母に謝ったことでしょう。しかし、それは、叩かれたことによる服従であり、泣いて謝りながらも腹の底では「だって、だって、同級生の女の子もいるかもしれない風呂に入るなんて、絶対にいやだったんだから…かあちゃんはちっともわかってくれない」という気持をふつふつとさせるだけで、本当には自分の非を認めなかったと思います。ところが、母が自分の頭に私が投げた石を投げつけるという行動を取ったことで、私は、私が自分だけの感情に駆られて取った行動が、どういう意味を持つのか、場合によっては、投げた石が母にぶつかっていたかも知れないのだということを、思い知らされたのです。何も私は、母のやり方が絶対だなどというつもりはありません。いずれにせよ、母の行動が、自分のことだけ、自分の感情だけにとらわれて自分の行為を正当化していた私に、自分の行動を自分以外の人の視点で捉えなおさせてくれたことは確かなのです。


話を元に戻しましょう。
人間の尊厳を指針として、事実に誠実にむきあいながら、自分自身の中に道徳を正しく打ち立てるためには、自分の中で、他者の視点からの考え方と自分の考え方を対比して「何が正しい行いなのか」を判断していくことが必要です。それは、おおむね次の3つの思考に分けられると思います。
①過去の経験の考察 自分または他者の行為の結果についての経験の考察
②未来についての考察 自分がやろうとしていること、やりたいと思っていることとその予想される結果の考察
③結果の持つ意味についての考察 予想される結果の、自分にとっての意味と他者にとっての意味の両面からの考察 これは、自分が行為することは、他者にも許されたこととなり、他者も行うことになるという視点からの考察です。

と、ここまで私は、道徳を「他律」と「自律」に単純に2分して、議論を進めてきました。そして、議論の基調は、自律による道徳こそ正しいものであり、他律による道徳は、道徳本来の在り方とは異なるというものでした。
これに対し、読者の多くは、「でも、現実の社会には、例えば法規範があるではないか。法規範は「他律」ではないのか。あんたは、法規範など守る必要がないと言うのか」との疑問を持ったと思います。

確かに、社会には法規範やそれに類するものがあります。それらは外見的には「他律」(すなわち、私個人の外にある道徳律)に見えます。
この疑問は、道徳と法規範との関係の問題にかかわる疑問となります。これをきちんと把握するためには、5400年前に人類社会に最初の国家が成立する以前の人類社会における道徳はどのようなものであったのか、そして、5400年前に国家が成立して法や裁判所などが出現するときに、それまでの社会での道徳が、どのように、国家に引き継がれたのか、あるいは引き継がれなかったのか、引き継がれたとして、どのように変容していったのかと言ったことどもを検証する必要があります。更にまた、そうやって成立した国家が時代を経るにつれて、国家が市民社会からどのように乖離していったのか(マルクスのいう「国家の外化」)についての歴史的経過とその理由を検証するなども必要になります。
しかし、そのことに踏み込んでいくと膨大な紙数が必要となりますし、そもそも私の力量では、これについて、議論するには手に余ります。
ただ、こういうことは言えるのではないかと思います。
法規範や、モーゼの十戒、あるいはジャレド・ダイアモンドが「昨日までの世界」で紹介している部族社会の道徳などは、個々人がいちいち思考して自分自身の内に形成しなくても、諸個人が生まれる前からそこにあるものと意識され、その意味で正に「他律的道徳」と言えそうです。しかし、そうしたものがその社会に定着して、社会の成員が、これを受け入れ守るのは何故なのかを考えると、そこには、それが、社会の成員自身の内なる道徳感と矛盾しないからということが言えそうです。例えば、ジャレド・ダイアモンドは、文明社会の人間から見たら極めて特異と思える部族社会の道徳の例を数々紹介しながら、そうした道徳が成立した理由として、そうすることが、その部族社会の存続すなわち部族社会の成員の生存のために必要だったという側面を指摘しています。少し単純化が過ぎると言われるかも知れませんが、これは、言葉を変えて言うと「自分と自分の部族が人間として生存するため」ということになり、正に「自律道徳」の「人間の尊厳=自分だけでなく(部族)みんなが人間として生存すること」を根底にしたものということができるのではないでしょうか。ルソーの「社会契約説」の国家観は、こうした形での法規範を理想とするものということが出来るのではないかと思います。
このように、「他律」と思われる行為規範の中には、その根底に「自律道徳」を置くものが含まれていると思われます。それは、社会の成員個々人の「自律道徳」が、他の成員それぞれの「自律道徳」と一致することで社会全体の道徳律として認められてきたという歴史的な背景(それは時には、数百年、数千年という時間の単位で見ていく必要があるでしょうが)によるのではないかと思われます。
他方で、法規範の中には、これとは異なり、どうみても、社会の成員の自律道徳を根拠として成立しているとは思えないものもあります。治安維持法、共謀罪、軍機保護法、新聞紙条例等々がそれです。
この違いは、全ての成員が対等平等であった部族社会から、国家が成立する(国家を成立させるだけの生産力の発展)ことによる社会の「支配する者」と「支配される者」との分裂によるのではないかと思います。「支配する者」と「支配される者」への分裂、そして「支配する者」による「支配される者」への統治が始まることは、そこに「同じ人間」とする見方の喪失を伴うことになります。支配する者が支配される者に対する統治のために定める法規制は、支配する者の支配権や特権を守るためになされ、従って支配される者を、自分たちと同じ尊厳を持った人間とは見ない立場からなされるからです。
以上の議論を現在の私たちの社会に当てはめるなら、民主主義や国民主権がきちんと機能している時は、法規範と道徳は、その内容に齟齬を生じないが、民主主義や国民主権がないがしろにされている時は、法規範は、市民(国民)の自律的道徳と大きく乖離することになると言えるのではないでしょうか。

少し、脇道に逸れすぎました。これ以上粗雑な議論を続けていると、顰蹙を買いそうですので、本題の教育勅語の問題に入って行くこととします。

さて、教育勅語の中身に入る前に、先ず、しっかりと頭に入れておく必要があるのは、教育勅語とそれに基づく修身教育を徹底して受け、頭に叩き込まれたはずの日本人なのに、戦前あのような数々の残虐行為をすることができたという事実です。勅語と修身教育が、現在それを復活させようとしている人々が言うように優れた徳育を目指すものであるなら、それによって教育された日本人が、同じアジア人に対する暴行・虐殺、陵虐、強姦、略奪等々に、手を染めたり、同じ日本人同士に対しても拷問や日常的な鉄拳制裁などできるはずがありません。しかし、実際には、そうしたことが罷り通っていたのが現実です。それはなぜなのか?こうした疑問をしっかり頭の中に置いて考えていくことが必要です。
教育勅語は、その冒頭で「我が皇祖皇宗徳を立つ」と言い、更に後半部分で「この道は、実に我が皇祖皇宗の遺訓」としています。これは、勅語に書かれた徳育は、天皇及び天皇を戴く国家による他律道徳であるとの明確な宣言です。
従って、朕(天皇)の臣民(家来)であるお前達は、これを四の五の言わずに守れと命じているのが、この勅語です。国民1人1人が、自分で思考し、自分自身が得心する道徳を身につけるなどということは論外となります。ひたすら、勅語を暗唱して、頭に叩き込むことが求められたのは、このためです。
また、「我が皇祖皇宗が国をはじめた時」からの「遺訓」であるとありますが、とんでもない歴史のねつ造です。そもそも、天皇家は、東北の蝦夷や九州の熊襲などの日本の既存勢力を侵略し殺戮して朝廷を建てているのです。徳を以て国を建てたなど歴史の事実ではありません。更に、「之を古今ニ通シテ謬ラス」(この道は古今を貫いて永久に間違いがなく)とありますが、これも、武家社会の成立から徳川幕府の終焉まで天皇は、この国の政治の蚊帳の外にあったという歴史を無視するものです。
「父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し、……」以下の部分を取り出して、「これ自体はいいことを言っている。」という人がいます。
だが、注意して下さい。「父母に孝に」とあっても、「子に愛を」とはありません。「兄弟」はあっても「姉妹」はありません。つまり、子や女性(姉妹)は、ここでははっきり下位に位置づけられているのです。正にパターナリズム(父権主義)の徳目なのです。
そしてこの父権主義を根拠に定められた刑法の尊属殺条項は戦後の昭和48年に最高裁が「憲法14条の法の下の平等に違反する」との違憲判決を出すまで維持されていたのです。最高裁判決は、「父母に孝」のみを一面的に強いるのは、「法の下の平等」に反するとしているのですから、勅語のこの部分も「それ自体は良いことを言っている」のではなく、個人の平等(人間の尊厳)と相容れない徳目だということになります。
そもそも、虐待を繰り返す親、酒乱の兄あるいは弟等、不貞やDVを繰り返す夫あるいは妻の存在を考えたら、アプリオリに、こうした「徳目」を金科玉条として強いるのは百害あって一利無しというべきでしょう。私が弁護士になったのは、1970年ですが、その当時、夫の不貞を理由とする離婚事件で家裁の調停に行くと、「奥さん、浮気は男の甲斐性じゃないですか」と言い放つ調停委員にしばしばあいました。「夫婦相和し」との「徳目」を叩き込まれた戦前から戦後の時期の時代には、こうして、ささいなこと(夫の不貞)で、離婚するなど、けしからぬという風潮の中で、女性たちは、忍従を強いられていたのです。
つまり、「仲良く」も「孝」も「和」も、「友」も、その前提となるのは、相互の平等な関係なのです。家父長主義・父権主義の下では、これらはほとんどの場合、目上の者への忍従・従属を伴うことになります。しかし、勅語は、このこと、すなわち、諸個人の本質的平等、諸個人の人間としての尊厳の重要性については一言も触れていません。
また、「夫婦相和し」が日本開闢以来の徳目というのは、悪い冗談としか思えません。これは明かな歴史のねつ造でもあります。天皇家のみならず、日本の支配的地位にある男たちには、一貫して「多数の側室」がいました。側室を置いてお世継ぎを残すことこそ徳目だったのです。この勅語をだした明治天皇自身も側室は5人、子が15人いたのですから、それが「夫婦相和し」とは白々しい限りです。「夫婦相和し」の徳目で教育されたはずの戦前の日本で、女性たちの置かれていた地位がどれほど悲惨なものだったのか。これ以上語る必要も無いでしょう。
更に、勅語は、いくつも挙げている徳目の内、「忠孝」を「我が国体の精華」として、他の徳目とは、明かに位置づけが異なるものとしています。忠すなわち君主に対する忠誠、孝すなわち家長に対する服従こそが、他のどんな徳目よりも重要であるというのです。

忠孝を国体の精華としているように、勅語は、首尾一貫して、我が国を「天皇を戴く皇室国家」として捉えています。天皇が建てた国であり、天皇が建てた徳目によって連綿と続いてきた国であり、従って天皇の忠実な臣下である臣民(国民)は、ひとたび戦争が起こったら、天皇の下に馳せ参じて、皇室国家が未来永遠に続くようにしろというのです。要するに、勅語の目的とすることは、一旦ことがあれば、命をも投げ出す覚悟を持った天皇の忠実な臣下(家来)の育成なのです。

そして、勅語に挙げられている徳目には、決定的に欠けているものがあります。この間の国会審議での佐川理財局長や義家功介文科副大臣や松野文科大臣らを見ていて、みなさんが、「この人たちに、持って欲しいと思った徳目」はどういうものかを考えて見れば、その答えがわかります。それは、権威・権力や目上の者であっても、これにおもねず、へつらわず、権威や権力の非を非として正そうとする勇気を持つことです。実は、国民主権の日本国憲法の下で、国民主権を守り抜くために、最も必要な徳目は、これにほかなりません。だから、国民を、「臣民=天皇の家来」とする戦前の憲法の下では、このような徳目はありえなかったのです。
こうして勅語にも良いことも書いてあるなどとすることは出来ないことはおわかり頂けたと思います。それでも、「父母に孝に」以下の部分のみを取り上げて「そう間違ったことは言ってないのでは?」と思う人がいるかも知れません。
そう思う方には、でも、なんでそれを教育勅語によって教えなければならないのかを考えて欲しいと思います。勅語を使わなくても「父母に孝に」以下の「徳目」を教えることは十分に出来るからです。(教えるのが良いかどうかは、ひとまず置きます)
復古主義者たちが、あえて教育勅語を教材に使おうとする理由は、彼らの目的のためには、教育勅語でなければならないからです。つまり、勅語を使うことで、私がこれまで書いてきた勅語に隠されている問題(家父長制、父権主義、皇室国家主義等々)が知らず知らすの内に児童にすり込まれるからです。
戦前、これらの一見「よさげな徳目」を、我が国の古代から連綿として続く、天皇の教えであるとして、国民に叩き込んだ結果は、天皇神格化・天皇絶対化でした。更に、これらを「外国でとり用いても正しい道である。」として教えることで、「世界に冠たるドイツ」ならぬ「世界に冠たる日本」とする思想につながり、それが結局は、アジアの盟主となることを呼号する「聖戦思想」へつながったのです。

縷々述べてきましたが、要するに教育勅語を骨の髄まで貫いているのは「皇民教育」そのものなのです。そして、そのような教育勅語を丸暗記させ、朗唱させるのは、勅語のそのような危険で恐ろしい思想を児童に丸ごとすり込もうとするものに他ならないのです。