船戸与一「満州国演義」と日本会議

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船戸与一の「満州国演義」8巻「南冥の雫」が7月に刊行されたのに続き、完結編となる9巻「残夢の骸」が8月1日刊行された。この両巻は、米英の反攻によって日本軍が追い詰められ、やがて敗戦を迎える時期を描いていて、弾薬も食糧も尽き、餓えと病に次々と倒れ、生きたまま蛆に身体を食われながら死んでいき、あるいは特攻に追い立てられて無駄に命を捨てさせられる兵士達の無惨さ、そんな兵士たちに「精神論」のみ叫び「徹底抗戦」を命じる東條英機首相や軍幹部たちの愚かしさ、特攻に赴く兵士達に「諸君らはすでに神である。諸君らだけを往かせはせん。最後の一戦で本官も特攻する。」と訓示しながら、いざ米軍が侵攻してくると真っ先に部下を捨てて逃げてしまった司令官の卑劣さ…読み続けるのが辛くなる。
この本には、NHKを大本営報道部に変質させる役割を担った百田尚樹の「永遠の0(ゼロ)」が描く「感動もの」の特攻とは、全く異なる無惨で、愚劣で、救いの無い特攻の実際の姿が、余すところなく描かれている。
米軍の空襲によって、飛散した鉄の破片によって負傷し、片足を切断されたマニラの飛行場で整備兵であった三隅昇一を、敷島四郎が見舞う場面がある。
昇一「…特攻機には機首に三本の角(つの)がついてます。
その角は起爆装置なんであります。爆弾は機体に固着させてあり、投下装置がありません。つまり、爆弾は落下できないんであります。機関銃の銃座も無線機も取り外してある。米軍のグラマン戦闘機に追われればすぐに撃墜されるし、飛び立った以上、敵艦めがけて体当たりする以外にないように特攻機は改装されてるんです。…爆撃の教育訓練を十分に受けてきた操縦士がそういう棺桶みたいな特攻機に乗り込むんだ。整備しながらじぶんはなんど泣いたかわからない。」
四郎「しかし、新聞各紙にはどれも笑顔で手を振りながら飛び立つと書かれてる」
昇一「ほんとうにそう思うんですか、ほんとうに!新聞各社の報道班は何もわかっちゃいない!わかってたとしたら、大嘘つきだ。」
そして昇一は、特攻に駆り出されるのは、既に結婚したか、これから結婚するという者たちばかりだという事実を指摘し、こういうのだ。
昇一「結婚したばかりか、これから結婚しようとしている操縦士が棺桶みたいな特攻機に乗り込んでにこにこ笑うと思いますか?新聞記者連中は笑顔が引きつってるのを見抜けないのでしょうか?無理して笑顔を作らないと泣いてしまうからなんですよ」
四郎「しかし、特攻隊は志願なんでしょう?」
昇一「名目的にはそうです。けど実際には強制です。志願を強制される。志願のときには特攻という言葉は使われない。特攻は死を意味するんですから、命令はできない。命令は大元帥たる天皇陛下によるものとされるんで、陛下が死を命じたとなれば大変なことになる。だから、特攻命令ではなく必殺攻撃命令への志願というかたちになるんです。そして、その志願は拒否できないようになってる。
…特攻死すると、二階級特進と感状が待ってますが、だれもそんなものをほしがってるわけじゃない。なかには、特攻機に乗り込むとき厭がって暴れようとしたり小便を洩らしはじめる隊員もいます。そんなとき、じぶんら整備担当が力ずくで操縦席に押し込むんであります。…じぶんらは、この手で殺したような気がして夜もろくろく眠れなくなります」
四郎「けど、特攻死した隊員たちの遺書のほとんどには皇国のために散華する名誉について書かれていると聞きますが」
昇一「信じておられるんですか?そんなことを?…隊員のほとんどは跳飛攻撃の経験の持ち主か学徒出身の特別操縦見習士官として訓練をうけてる。…そういう隊員たちが敵艦隊に損害を与えられるかどうかも不明な死に煩悶しないわけがない。しかし、それを遺書に書くと泣き言と受けとられるし、第一遺書はすべて検閲を受ける。泣き言は作戦批判と受けとられ遺族に配達されないし、手違いで配達されたら遺族は国辱的な臆病者の縁者とされて白い眼で見られることになる。それがわかっているのにほんとうのことが書けますか?特攻隊は建前は志願なのに実際は強制であるように、遺書の内容もある意味では強制なんです。それに遺書の書き方には教科書がありましてね、特攻隊はそれに則って書きます」
四郎「どういうことです、それは?」
昇一「歩兵や砲兵に較べて、航空兵は圧倒的に戦死率が高い。だから、遺書の書きかたも一応教えられるんです。辞世のひな形まで添えてね。だからどの遺書にも、護国の鬼と化す、聖戦の桜として散る、死しても悠久の大義に生きる、そんな言葉が並ぶんであります。
…第四航空軍の特攻の実情はそんなものであります。それなのに、新聞記者や新聞社から派遣された従軍作家は特攻を賛美しつづける。あの連中の目は節穴か、さもなきゃ自分の文飾の才能をひけらかすためにマニラに来ただけだ。御読みになったことがあるでしょう、空疎で無内容な美文調のそういう記事を?」
この言葉に、四郎は、マニラから帰って間もなく読売新聞紙上で読んだ尾崎士郎の記事を思い出すのだ。
『レイテ島の空に風雲しきりに急を告げて戦機いよいよ熟し来たれるもののごとくである。…決戦は昭和16年12月8日、大東亜戦が火ぶたを切って以来、今日に至るまで間断なく行われてきたであろう。ただ、われらは特別攻撃隊の編成以来、全国民の感情を通して、冷徹苟も(いやしくも)せざる決意の、おごそかに漲り(みなぎり)わたるのを見る。レイテが決戦場であると否とに拘わらず、老いも若きも出撃の信念に燃え立つところに決戦のかたちは徐々に整えられようとしているのである。今日、四度12月8日を迎えて、われらは水の流るるがごとく過ぎ去った歳月を昨日のようにまざまざと思い浮かべる。アッツの英霊、クエゼリン、サイパン、グアム、テニアンの英霊も、この決意のなかにこそはじめてこれを迎えることができるのである。特別攻撃隊は突如として偶然に現れたものではない。全国民の決意が凝集して、影を踏み響きに応えて永遠を貫く歴史的使命のなかに封じ込まれようとするとき、青春の花は燦として戦場に開くのである。』
昇一は言う。「とにかく、新聞記者や従軍作家は実態を見ようともせず特攻隊を賛美しまくってる。3日まえ、じぶんを見舞ってくれた知人が言っておりました。新京や奉天、それに内地のどこでも、特攻隊によって戦局を挽回できるという期待が昂(たか)まってるとね。大本営は陸軍部も海軍部も大満足でしょう。愚劣きわまりない作戦が国民の支持と期待を集めたんですからね」
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こういう戦争で、愚劣な精神論を振り回して、若者達を死地に追いやり、自らは卑劣に立ち回って、その責任を取ろうともしなかった者たちが戦後の日本でも、権力の裏と表の中枢に居座り続け、そして、いま、その子や孫たちが、あの愚劣な戦争を、「アジア解放のための聖戦だった」「あれを侵略戦争だと言い、日本が戦争犯罪を犯したなどというのは、東京裁判によって押しつけられた誤った自虐的歴史観だ」などと主張し、あの愚劣な戦争への深刻な反省に立って二度と同じ愚を犯さないという誓いを込めて作られた日本国憲法に対する憎悪を隠そうともせず、憲法を元の大日本国帝国憲法に戻そうとしているのだ。
安倍政権のそうした動きを支える中心になっているのが、日本会議である。

日本会議は、1997年5月30日、日本を守る会と日本を守る国民会議が統合する形で設立している。その源流であり現在の主要な支柱となっているのは、神社本庁と、生長の家である。そこで、この2つについて簡単に解説する。
神社本庁の設立は、1946年1月23日であり、その前日に、神祇院(じんぎいん)が廃止されている。神祇院は、戦前の国家神道時代に国内外の神社を統括した国の組織(内務省の外局)であり、天皇を神(天照大神)の子孫とする建国神話を国家体制の根本と位置づけ、国の頂点に君臨する天皇とその先祖を神として尊宗し、それを、あらゆる価値判断の基準として国民を統合する役割を果たしてきた。つまり、神祇院は、戦前の日本において、天皇神格化・絶対化、日本民族優越主義などによって国民を戦争(優れた神の国日本がアジアを解放し、五族協和の王道楽土を建設する聖戦)に駆り立てていく精神的な支柱となっていたのである。それゆえ、「日本国民を欺き、世界征服という誤った道に導いた、全ての権威、権力は永久に排除する」と詠っているポツダム宣言に照らして、マッカーサーのGHQが発した、神道指令(1945年12月)により、神祇院が廃止に追い詰められたのは当然と言えよう。しかし、それまで神祇院に拠っていた者たちは、決してそれを素直に受け入れたわけではなく、表向き神祇院の廃止に応じつつ、他方で、その内実をそのまま引き継ぎ残すために、神社本庁を設立しているのだ。その設立準備段階の仮称が神祇庁であったことからしても、この組織が神祇院を引き継ごうとして作られたものであることが理解されよう。
もう一つの源流「生長の家」が谷口雅春によって創設されたのは戦前の1930年である(但し、宗教団体法(戦前)に基づく宗教団体となったのは1940年)。「生長の家」「白鳩」「光の泉」「いのち」などの雑誌を発行し、その読者を信者にしていく方法で急成長し、とりわけ日本の戦争遂行に協力・賛美していくことで、飛躍的な発展を果たしている。この時期の「生長の家」誌上で谷口雅春は次のように書いているが、それは、上記の神祇院の天皇神格化・絶対化、日本民族優越主義などと完全に一致している。
「全ての宗教は天皇より発するなり、大日如来も、イエスキリストも天皇より発する也。ただ一つの光源より七色の虹が発するごときなり。各宗の本尊のみを礼拝して、天皇を礼拝せざるは、虹のみを礼拝して、太陽を知らざる徒なり。」
「大日本帝国は、神国なり、大日本天皇は絶対神にまします。大日本民族はその赤子なり。」
こうした谷口の思想は、戦後においても、基本的にそのまま踏襲されている。「神武天皇建国以来、二千六百有余年、連綿として天皇を統治の主権者として継承奉戴し来たった、建国の理想と伝統とを、一挙に破壊放棄して、占領軍の力関係で『主権は国民にありと宣言し』と主張してまかり通り、そのまかり通った憲法が今も通用しているのである」「天皇に大政を奉還することである。すなわち『主権は国民にありと宣言』する現行占領憲法の無効を暴露する時期来たれりと宣言し、『国家統治の大権は朕が之を祖宗に承けて之を子孫に伝うるところなり』と仰せられた本来の日本民族の国民性の伝統するところの国家形態に復古することなのである」(「占領憲法下の日本」谷口雅春1969年)
ここで主張されているのは、現憲法を無効として、国民主権を否定し、天皇主権の戦前憲法への復活である。
驚くべき主張というほかないが、しかし、こうした谷口雅春の思想は、その数々の著作や雑誌を通して各界各層に浸透していき、この思想を信奉し、この思想によって鍛えられた者たちこそが、現在の日本会議の組織と活動を支えているのである。
但し、この点については、注意が必要である。というのは、生長の家は、1983年から政治との直接の関わりを否定し、さらに2016年6月9日にはそのホームページ上に「当教団では、元生長の家信者たちが、冷戦後の現代でも、冷戦時代に創始者によって説かれ、すでに歴史的使命を終わった主張に固執し、…(略)…活動を行っていることに対し、誠に慚愧(ざんき)に堪えない思いを抱くものです。」「日本会議の主張する政治路線は、生長の家の現在の信念と方法とは全く異質のものであり、はっきり言えば時代錯誤的です。彼らの主張は、古い政治論を金科玉条とした狭隘なイデオロギーに陥っています。宗教的な観点から言えば”原理主義”と呼ぶべきものです。」「私たちは今回、わが国の総理大臣が、本教団の元信者の誤った政治理念と時代認識に強く影響されていることを知り、彼らを説得できなかった責任を感じるとともに、日本を再び間違った道へ進ませないために、安倍政権の政治姿勢に対して明確に反対の意思を表明します。」と宣言しているのであり、従って、現在の日本会議の中心を占める者たちを単純に「生長の家の信者」と言ってしまうと不正確になるからである。生長の家の上記の宣言での表現を使うなら、現在日本会議の活動を支えている生長の家の元信者たちは、時代錯誤の原理主義者というべきことになる。
それはともかく、日本会議の2つの柱の一つ神社本庁も、もう一つの柱の時代錯誤の原理主義的な生長の家の元信者たちも、彼らが最も大切にするものが、国民主権をうたう現憲法の否定であり、天皇主権の帝国憲法への復古であることで共通している。
日本会議の基本運動方針は、露骨な表現は避けているが、「皇室中心」「本来の国体に基づく憲法」「日本の伝統的感性の取り戻し」「愛国心を持った青少年の育成」など、こうした思想をよく表している。
1 国民統合の中心である皇室を尊び、国民同胞感を涵養する。
2 わが国体本来の国柄に基づく「新憲法」の制定を推進する。
3 独立国家の主権と名誉を守り、国民の安寧をはかる責任ある政治の実現を期す。
4 教育に日本の伝統的感性を取り戻し、祖国への誇りと愛情を持った青少年を育成する。
5 国を守る気概を養い、国家の安全を確保するに足る防衛力を整備するとともに、世界の平和に寄与する。
6 広く国際理解を深め、共生共栄の実現をめざし、わが国の国際的地位の向上と友好改善に寄与する。

ところで、注意すべきなのは、日本会議などの復古主義者たちが、「日本を取り戻す」という時に、意味する「日本」とは、彼らが「わが国体本来の国柄」とか「美しい伝統の国柄」という言葉で表現する日本だということである。そして、その「わが国体本来の国柄」「美しい伝統の国柄」という言葉が意味するのは「天皇を国民統合の中心と仰ぐ国柄」(日本会議設立宣言・1997年)であり、それは「皇室の歴史は日本の神髄です。…中略…皇室と国民とが一致団結して紡いできたのがわが国の国柄です。世界でたったひとつの、かけがえのないこのすばらしい価値観」(2012年5月「皇室の伝統を守る国民の会」設立総会での櫻井よしこの講演の一部。)に支えられているという思想である。しかし、天皇を神格化し、天皇を中心とする国体を有史以来の揺ぎない(万古不易)もので、「世界でたった一つ(万邦無比)」のものとしたのは、日本の歴史の中でも、満州事変から太平洋戦争に突き進んでいく時期(1937年5月)に文部省が刊行した「国体の本義」によって日本全国が天皇神格化・絶対化に染め上げられていったせいぜい10年前後の期間でしかない。例えば、長く続いた戦国時代、あるいはその後の徳川時代、一般の国民が日常的に意識していたのは、決して天皇ではなく、意識するとしたら、それは藩主(領主)であり幕府であったのだ。従って、明治憲法下、とりわけ昭和の初め頃の時期における天皇制の在り方は、日本の長い歴史の中でも極めて特殊な時期なのだが、日本会議や「戦後レジュームからの脱却」「日本を取り戻す」と主張する者たちは、その特殊な時期こそ理想の日本国家の在り方、天皇と国民の関係の在り方を実現していた時期だというのだ。「天皇あって国民(臣民)あり」とされ、天皇と天皇をいただく国のためにどれほど貢献できるかによって、国民の存在価値がはかられる「国体の本義」の思想ゆえに、一億玉砕や、特攻などという非人間的なことが正当化されたあの時代こそ、美しい日本の伝統の精華を実現した時代だというのだ。
ところが、実は、天皇自身は、2009年4月に、結婚50年を迎えた際の記者会見で次のように述べて、「国体の本義」や日本会議の考え方を明確に否定している。
「大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば、日本国憲法下の天皇の在り方が天皇の長い歴史でみた場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います。」
この天皇の発言は、つい先日の「お言葉」にもつながっている。マスコミや「識者」は、「お言葉」を主に天皇の「生前退位」の意向という側面から取り上げている。しかし、あの「お言葉」には、もう一つ重要な部分があった。それは、昭和天皇崩御の前後になされたことへの強い否定的な言及である。日本会議や日本会議の1方の柱となっている神社本庁は、皇室の儀式は、不変でなければならずそうであってはじめて「万古不易」の皇室の権威が守られるといういう立場を取っている。そのことに加え、日本会議の前身となる日本を守る会や日本を守る国民会議の運動によって元号法制化が実現したり(1979年)、昭和天皇在位50年(1975年)あるいは在位60年(1985年)奉祝運動を全国規模で展開するなど、大きく力をつけた彼らが、全国規模で昭和天皇崩御に対する様々な行事や行動を繰り広げたという事情もある。「お言葉」は、そのように天皇を祭り上げ、国民全てに1年以上にわたって事実上喪に服させるようなことへのはっきりした拒否の姿勢を示しているのだ。
しかし、日本会議などの人々は、天皇に対する崇敬を声高に主張しながら、天皇御自身のこのような言葉については、黙殺しているのだ。そうした彼らはまた、日米開戦の前に実施されたシミュレーションで、アメリカとの戦争は、緒戦には勝てても、やがて圧倒的な力の差ゆえに負けるとの結論を得ていながら、これを無視して根拠の無い精神主義を振り回して戦争に突入していった指導者たち、あるいは、数々の作戦・戦略で、同様に根拠の無い精神主義を振り回して、兵糧の尽きた部隊を死地に追いやりながら、自らは、その責任も負わずに出世していった軍の指導者たち、あるいは、ソビエト参戦の可能性を伝える電文を握りつぶした大本営参謀(その握りつぶしが無ければあるいは広島・長崎への原爆投下の前にポツダム宣言受諾がありえた)などについて決して批判しようとはしないのだ。悪いのは全て米・英・ソ・中などの連合国側だというのだ。
これが、憲法の国民主権・基本的人権・平和主義・政教分離等々を敵視し、大日本帝国憲法への復古を目指す日本会議の実情なのだ。
戦前においてそうであったように、彼らが一般の国民の支持や共感を広げていく時に、有効な戦略・戦術とするのは、「日本は特別な国だ」「日本人は特別な民族だ」「世界の中でも優秀な国民だ」という民族的優越意識・日本中心主義(エスノセントリズム)である。そう考えると、昨今のテレビや出版で日本を賛美する本や番組が増えているのは、彼らの戦略と無縁とは決して言えないであろう。
気をつけなければならないのは、その日本会議のある幹部が、「民主党(民進党)などの中にも改憲派はずいぶんいて、その人たちが陰ながら力になってくれているという部分も実は侮れない。」と証言している事実だ。そうした民進党の中の「陰ながら」の協力者たちが当面の目標としているのは、野党共闘の否定だろう。

度しがたい日本。されど希望はある。

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選挙が終わって2日経ち、あるテレビの朝の情報番組が、リオ・オリンピックの「イケメンなんたら評論家」なる女性を呼び、「この選手のこの身体に骨が折れるほど抱かれてみたい」「この選手の柔道着の隙間から覗く肉体がすばらしい逆三角形」等と臆面も無く語らせていた。ここまで落ちたのか。そんな話は、全国ネットのテレビでする話ではなかろうに。「イケメンなんたら評論家」の代わりに「美女なんたら評論家」と称する男を連れてきて、リオ・オリンピックの女子選手を対象に、選手の競技についてでなく、選手の肉体について「この選手がうつむいたときに見える胸の谷間がすばらしい」等と専ら性的な興味で語らせることを想像したら、これがどれほど愚劣なことか、わからないはずはない。
これが今のテレビなのだ。
そしてまた、同じテレビは、参院選の本当の争点を語らず、国民の目をあさっての方向に向け続けたのだ。
その嘘を信じて、改憲勢力に恐ろしい力(3分の2)を与えてしまった国民
テレビが囃し立てた「二番煎じ」の「劇場」に踊った都民
露骨なネガティブ・キャンペーンに踊らされた都民
露骨なネガティブ・キャンペーンにお粗末な対応しかしなかった選対
納得できない候補者選びへの腹いせだといって、日本会議の中心メンバーにして露骨な9条改憲論者、核武装論者に投票した人々
主権者の国民は、なめられバカにされているのだ。
国民・都民は、彼らの思いのままに操作されているのだ。

こんな日本に希望はあるのか。
いや、希望は誰かが作ってくれたり与えてくれるものではない。希望はつくるものだ。まだ、参院選や都知事選では、届かなかったとは言え、確実に「気付いた国民」は増えている。11の1人区で勝ち、沖縄で全勝し、鹿児島で勝ったことがそれを示している。まだ負けてはいないのだ。じりじりと前に進んでいるのだ。「気づき」を広げて、もっと前進しようではないか。いま、ここから。