じじとばばの会話

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① 語るに落ちる
稲田大臣の違法発言について下村博文幹事長代行が「これで辞任となったら、続けられる人は誰もいなくなるんじゃないか」と発言したとの記事を見て
ばば:なにこれ?どういうこと?
じじ:うん。すごいよね。下村さんは、今の安倍内閣の大臣は、全員、稲田大臣と同じレベルだと言っていることになるよね。
ばば:大体、撤回して取り消せばそれで済む問題なの?
じじ:そんなことないでしょ。それなら、例えば、盗みを働いた人が、「間違えてしまいました。御返しします」と言えば、罪に問われないことになってしまう。いくらあとで撤回しても、違法行為をした事実は消えないよね。
ばば:こういう発言をする下村さん自身も、稲田大臣のやったことがどれほどひどい違法行為なのかを全く理解していないということなのね。
じじ:そうだね。だからこんな発言を平気でするんだろうね。

② 目くそ鼻くそ
稲田大臣の発言に対し、安倍首相が、「閣僚は発言に注意するように」と言ったとの報道を見て
じじ:全くよく言うよ。一番発言に注意しなければならないのは安倍首相自身じゃないか。獣医学部をいくつでも作れば良いなどと場当たり的に、それまでの説明と矛盾することを平気で言ったり、「私や妻が関わっているということがあるなら、首相も辞めるし議員もやめる」と、不用意に感情的な発言をして、その後始末とつじつま合わせのために周囲の者をあたふたさせたりしたのは御自分なのにね。
ばば:本人にはその自覚が無いのかもしれない。
じじ:というか、矛盾してようが、なんだろうが、自分が何を言おうと、自信たっぷりに強権的に振る舞っていれば、閣僚も、官僚も、マスコミも守ってくれるし、国民も、自分の自信ありげな態度を見て、「安倍さんがあれだけ自信たっぷりに言うんだから、その通りなんだろう」と信じてしまって、罷り通ると思っているからだろうね。

③ 論功行賞
ばば:あれま。あの佐川理財局長が国税庁長官だって。
じじ:露骨だね。これは、安倍さんに抵抗を始めた官僚への露骨なメッセージだろうね。
ばば:どういうこと?
じじ:佐川君のように、必死で安倍さんを守ってくれたら、これこの通り優遇してやるよ。そうでないと、役所の中での出世は絶望と思えということだよ。
ばば:でも、そんな露骨なこことをやって国民の反発が怖くないのかしら。
じじ:国民の反発など、たいしたことないと高をくくっているんだと思うよ。そもそも、この記事にしたって、ほとんどベタ記事でしかないよね。それでなくても、新聞を読む国民が極端に減っているのに、この小さな記事に気付く国民がどれほどいるかだよね。それより、このところ、たがが緩みかけてきた官僚たちに向けてこのような露骨なメッセージを出して官邸支配を盤石にすることの方が、重要だという判断だと思うよ。

④ 加計献金ー集金マシーン
ばば:私は、難しいことはわからないけど、なんかこの説明とその報道は、問題をすり替えているんじゃない?
じじ:どういうこと?
ばば:確かに、文春の記事は「ヤミ献金」とあるけど、ヤミ献金であるかどうかということよりも、仮に下村さんの説明通りだとしたって、それって加計が下村さんのために集金マシーンの役割をつとめていたっていうことじゃないの?
じじ:普通に考えればその通りだよね。
ばば:そもそも、20万円以下は収支報告書に記載する必要が無いというのもおかしな話じゃない?私たち国民は、20万円どころか1万円でも収入があれば、申告しなければならないのにね。
じじ:そうだね。それにこの理屈だと、例えば、ある企業が、政治家に2,000万円を献金しても、その企業が、それについて、会社の重役や下請企業の社長など100人の名前のリストを提出して、領収書は、この100人宛に20万円ずつで書いてほしいとやれば、政治資金報告書からはそのお金は消えてしまうし、その企業がその政治家に実質的には2,000万円もの献金をしたという事実も隠されてしまうよね。
ばば:要するに政治資金規制法は穴だらけっていうことね。

この国の行方

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8億円以上も安い国有地の払い下げ。
35億円もの公有地ただで譲渡し、更に96億円もの助成金交付。
主務官庁の文科省トップの事務次官が認可4条件を満たしていないと判断していたのに、「広域的に獣医師養成大学が設置されていない地域に限」るなんて条件を突然付け加えて京都産業大学を競争の入り口にも立てなくさせて、はじきだして、加計学園を認可した。
これ、どう考えてもおかしい。
ならば、極端に安い値段で払い下げしたことや、おかしな条件を付け加えて京都産業大学を競争の入り口にも立たせずにはじきだし、4条件を満たしていないとされていた加計学園を認可したことの経緯や根拠をきちんと国民に向けて説明するのが、かかわった役所の責任のはずだ。
そして、役所が進んであきらかにしないなら、「行政権の行使について、国会に対して連帯して責任を負う」内閣には、率先して「行政各部に対する指揮監督権」を使ってきちんと調査して、国会に対して説明・報告する責任があるはずだ。 でも、何も説明していない。説明しようともしていない。
「適正な価格と承知している」なんて、説明になっていない。
「交渉記録は破棄してしまった」って、何の説明にもならない。
「調査したけど確認できなかった」って、国民をバカにしてるのか?
そういえば、かって薬害エイズのときも、厚生省は、患者・原告団がエイズ研究班の資料の提出を再三要求しても「資料の存在を確認できない」と言い続けていたことを思い出す。あのときは、自民・社会・新党さきがけ3党による連立政権が発足し、菅直人氏が厚生大臣に就任した途端、「薬務局ファイル」「保健医療局ファイル」「郡司ファイル」「風間ファイル」など計41冊、約9,000頁に及ぶ資料が「発見された」として開示された。
あの時、資料の「発見」・開示に至ったのはどうしてか?
第1に、エイズ差別に打ちのめされ、息をひそめていた原告たちが、声を挙げ、闘いの先頭に立つようになり、その姿に打たれた広範な国民が、患者救済と真相究明の運動に起ち上がったこと、そして、そこにはたくさんの若者たちが加わり、既存の運動とはあきらかにスタイルの違う生き生きした運動を展開したこと
第2に、マスコミ各社が、こぞってそうした患者たちを支援し、救済と真相究明を求める論陣を連日のように張り、患者原告の実状やその声更には全国の運動を報じ続けたこと、
第3に、こうした動きに後押しされて厚生大臣が、厚生省内に調査プロジェクトチームを設置し、「調査は、その進め方や手続き、それ自体が国民に納得されるものでなくてはならない。誰に対し、また何について、どういうかたちで調査したかを明かにする必要がある。調査は、行政に対する国民の疑問に答えることを目標とし、少なくとも、東京・大阪両裁判所の和解勧告所見、NHKのエイズ特集番組、枝野幸男議員の質問主意書で指摘された問題で、プロジェクトチームの調査項目に含まれる事項は、もれなく調査すべし」という大臣直接の指示の下で調査が実施されたこと
という3つの背景を指摘できる。
いま、これと比較すると、第2と第3が、決定的に欠けていることに気付く。 第2の点 マスコミは、「マスゴミ」と揶揄されるほど、極く一部を除き、真相究明のために闘うのではなく、真相をぼかし、重要な事実を隠し、あきれることには、官邸と一緒になって、真相究明のために行動した個人への人格攻撃までしている。
第3の点 エイズの時の大臣指示と、今の官邸・大臣らの態度とは、180度違っていることは歴然としている。
そして第1の点でも、シールズや「明日わか」「ママの会」などは、あるものの、それでも若い人たちの運動への参加は、薬害エイズ時のそれと比べると、まだまだ遠く及ばない。

この違いはいったい何なのか。どうしてこんな違いが出来てしまったのか。
この国はいったいどうなってしまったのか。

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そして…
共謀罪での「強弁」につぐ「強弁」、あるいは「あいまい答弁」、あるいは「迷走答弁」。野党議員から提示される疑問や懸念には、何一つ具体的に答えず、野党議員がまっとうに提起した様々な疑問を「足を引っ張るだけ」と悪しざまに罵って行われた強行採決。
国連特別報告者の書簡にもまともに答えず、切り捨てる。
各界・各層からあがる反対のアピールも一顧だにしない。
法務委員会の質疑を「足をひっぱるだけの討議」と言い放ち、打ち切りを大声で叫んだ維新議員。
「ある」ものを「無い」と言い、「確認できない」と言ってはばからない大臣や副大臣。
れっきとした動かぬ証拠を「怪文書」と切り捨て、「地位に恋々としがみついた」などと、事実でもない中傷を浴びせる官房長官等々。
どう考えてもおかしい振る舞いを続けている政権与党の幹部たちなのに、国会の3分の2を占める議員たちや、官僚たちは、そのおかしな幹部たちに唯々諾々と従い、そのお先棒をかつぎ続けている。
彼らは、自分たちが、今、この国の将来に対して何をしているのか、全くわかっていない。わかろうともしていない。
そこには、目の前の課題の一つ一つについて、しっかりと歴史から学び、事実を深く広く確かめて、その持つ意味と国民に及ぼす影響を考え抜き、自らの責任においてこれへの出処進退を決めていく姿勢は、全く見ることができない。
それなのに、そんな彼ら(安倍政権)に対する国民の支持率は、一向に下がろうとしない。

これは、いったい何なのか。どうしてこんなことになってしまったのか。この国はいったいどうなってしまうのか。

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2年前、私は、このブログで「ホラーの定番 今ここにあるリアルなホラー」と題した記事で次のように書きました。

「ヒトラーや、東条英機や、石原莞爾や、甘粕大尉のような人物が、彼らが語ったような言葉で彼らが語った大東亜共栄圏や八紘一宇、神州不滅の思想を語って選挙を闘うなら、国民はまかり間違っても彼らに300議席を与えはしないであろう。そのことは、前回選挙での「次世代の党」の結果を見れば明らかである。
だが、彼らは、決して独自の政党を結成しようとはしない。その代わりに、既存の政党(それは自民党に限らず、民主党などの野党も含まれている)の中に浸食し、既存の政党を変質させるという戦術を採っている。
その結果、与野党の別なく289名もの国会議員が日本会議国会議員懇談会に参加し、現政権の閣僚のほとんど(19名中14名)が日本会議国会議員懇談会のメンバーで占められるようになっている。更に地方議会では、日本会議地方議員連盟に参加する議員が1691名に及んでいる。既に既存政党の内部侵食はほぼ完成の域に近づいているのだ。
こうして既存政党の仮面をかぶり、「神国日本の復権」を「美しい伝統ある日本文化の継承」と言い替え、「アジア解放のための聖戦を闘った日本の復権」を「誇りを取り戻し国と郷土を愛する国民を育てる」と言い替え、「西欧型民主主義の否定」や「憲法の平和主義への憎悪」を「戦後レジュームからの脱却」と言い替え、「教育勅語や修身教育の復活」を「教育の再生」と言い替えるなど、耳触りの良い言葉で国民からその本当の姿を隠すことによってこんなアナクロニズムの集団が政権を掌握するまでになっているのだ。既に自民党は、かってのあの自民党とは全く異質のものになっているのだ。」と。

この私の指摘は、国会議員や地方議会議員の内部での極右・国粋主義の浸食を取り上げたものでしたが、今は、変質を、議員だけに限ってとらえることはできません。もっと広範に、もっと深く浸食は進んでいるのです。
「もっと広範に」というのは、極右・国粋主義への直接の変質に限らず、そうした変質を許してしまう土壌を用意するような国民全体の変質が進んでいるという意味です。
「もっと深く」というのは、極右・国粋主義への直接の変質が、議員だけでなく、官僚の一部や、企業のトップ、言論界、更には労働組合の一部にまで広がり、それとともに、これまではひっそり隠れて進んでいたのが、隠れた本当の顔を隠そうともしなくなっているという意味です。

前者の国民の変質に関して、豊永郁子氏(早大教授)が、新聞紙上で、次のように書いています。

「若い頃は、政治にとって最も重要なのは教育だと言われてもピンとこない。気の長い迂遠な話だと思う。ところが、世の中の風潮がガラリと変わるのを何度か体験すると、変化の駆動力が世代の交代にあるらしいこと、新しい世代があっという間に育つことに気付かされる。
つまり、次世代への教育が、意外に早く大きな効果を表すことを知る。実際、それは新しい価値観をもった若者たちを5年、10年のうちに世の中に送り込める。これによって支配的イデオロギーを覆すことも可能だ。安倍氏とその周辺は、第1次政権時代あるいはその前から、このことを意識していたのだろう。そのイズムは徐々に目鼻を整え、浸透できる場所には着実に浸透してきた。
冷笑を浴びた10年前の「美しい国」キャンペーンも空振りではなかった。安倍氏は攻める場所と効果のときを心得ているようだ。」

豊永氏が10年あれば、世の中の風潮をガラリと変えることが可能と指摘している教育の根本精神を「自主・自立した個人を育てる教育」から「国家統制のもとでの教育」へと変更する教育基本法の「改正」がなされたのは第1次安倍政権下の平成18年、つまり11年前になります。そして、この5月24日、改正学校教育法が成立し、特定の職業に特化した教育をする専門職大学の創設に道が開かれています。これまでも政権は、大学を将来の日本を背負う広い見識を持つ自立した個人を育てる教育機関から、技術だけを教え、企業に有意な人材を育てる教育機関に変える方向で、文化系の学部や大学に対するしめつけを強めていましたが、それがついに、ここまでいきついたのです。
国民の変質を用意したのは教育だけではありません。
例えば、読売新聞は、10年どころか、そのはるか前から、憲法改正の方向へ世論誘導する記事や論説を書き続けてきました。
「楽しくなければテレビではない」と、愚にもつかない番組を垂れ流したフジテレビや、その路線に対する批判的な姿勢で番組作りをするのではなく、その路線を踏襲し、追いつき追い越せとばかりに、バラエティ、お笑いなどを番組編成の中心に据え、ゲームのCMが氾濫し、若者の多くは、ゲームの用意する仮想現実の世界に没頭し、こうして、意識するしないに関わらず結果として国民の愚民化を進めてきた各局。
「見るな、聞くな、考えるな」という愚民化政策の下で、国民は、日々の生活に追われ、刹那的な楽しみに埋没し、この国の中枢で何が起こっているのか考えようとしなくなっているのです。
こうした国民の多くにとっては、共謀罪に反対する人たちの語る危機感を仮に耳にしても、「この平和な日本で戦前のようなことにはならないさ」「おおげさだよ」「オオカミ少年みたい」としか映らないのでしょう。
だが、沖縄の山城議長に対する約5ヶ月に及ぶ長期勾留は、国連特別報告者からも、国際人権法上問題があるとして日本政府に速やかな是正を求められていたことが明らかになりましたが、そもそも、有刺鉄線を切断した器物損壊容疑だけで、5ヶ月もの長期にわたって勾留されるということが、この国で現実に起こっていた事実を報じたのは、ごく一部のマスコミであり、それも散発的な記事に留まるものがほとんどでしたから、この事実を国民のほとんどは、知っていないと思われます。
貴重な森が切り崩され、戦争のための基地が作られることに反対する運動を現場から排除するために周辺に張り巡らされた有刺鉄線を切断したというだけで逮捕され、運動のメンバーを「共犯」として逮捕するための自白を引きだそうと5ヶ月も留置場にぶちこみ続けた事実が現にいまこの日本であることを国民が知ったら、「共謀」しただけで逮捕される共謀罪の危険性を、リアルなものとして受け止め、そんな危険な法律を強行採決したことに黙ってはいないはずです。だが、法務委員会の強行裁決後も、国民の反応には、大きな変化は見られません。まさに「寄らしむべし、知らしむべからず」の愚民化政策の効果です。

こうしていま、この国は、急坂を転げ落ちるように、かって歩んだ破滅への道を突き進もうとしているのです。
これを食い止めるには何をすべきか。
答えは、はっきりしています。
新聞を読まない人たち、テレビも堅苦しい番組は見ようとしない人たち、このブログのような堅苦しいものは決して読もうとしない人たち、ゲームに没頭している人たち、アイドルを追いかけている人たち等々、そうした人たちに届く言葉や表現方法を見つけることしかありません。
私は、自分の無能が悔しくてなりません。いくら知恵を絞っても、そうした言葉や表現方法を見つけることが出来ないからです。それがわかれば、この記事にしても、ガラリと違う書き方と表現で書くことができるのにと思うからです。
だからといって、私は、口をつぐむつもりはありません。私にできる形で、呼ばれれば講演もするし、こうした記事もあきらめずに書き続け、声を挙げ続けていくつもりです。私の子や、孫の世代に、暗黒の日本を残すわけにはいかないからです。