2019年夏(3)

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ガラケー女バッシング
宮崎・喜本両容疑者のあおり運転・暴行事件には、その後、全くの無関係な女性(A子さん)を喜本容疑者と誤認して、実名を挙げてバッシングするという問題が起こっています。フェイク情報を流した人物は、ニュースをみて宮崎・喜本両容疑者に対する怒りがあり、マスコミより先に自分がそういう人物を特定して糾弾することに高揚感があったという趣旨の話をしています。そして、その実名バッシングはあっという間に2万人ほどに拡散したと報じられています。事実をしっかり確認する努力もせずに、実名でバッシングしたり、更にその尻馬に乗って安易に拡散した人たちへの批判は当然のことと思います。
ところで、今も、ネット上では、宮崎・喜本両容疑者に対する生い立ちから始まり、彼らのこれまでについて微に入り細に入りほじくり返して、その人格を全否定するようなバッシング記事が大量に流れています。
私は、フェイク情報を拡散してしまった人たちと、現在宮崎・喜本両容疑者に対し人格を全否定するような記事を書いたり拡散したりしている人たちと、その両者の間の差は紙一重でしかないと思っています。それは、どちらも、その行動の動機には、違いが無いからです。動機は、「ひどいことをした人非人をやっつけたい」「こういう人は徹底的にやっつけていいのだ」ということで、主観的にはA子さんをバッシングしたひとたちも同じ気持ちだったからです。違いは、「やっつける相手」を取り違えているかどうかだけです。
ですから、A子さんのケースには、2つの問題があると思うのです。一つは、相手を実名でバッシングする行動を取るに際して、それが事実かどうか確認していないという自らの行動に対する無責任さの問題。これは、以前の弁護士大量懲戒請求問題にも共通する問題です。
もう一つは、では、事実なら、どんなバッシングをしても良いのかという問題です。つまり、いまネット上で繰り広げられている宮崎・喜本両容疑者に対する人格全否定のバッシングは、許されるのかという問題です。
この点に関しては、私は光母子殺人事件の加害青年のケースを思い出さざるを得ません。若い母親と幼い子を殺してしまった青年の罪は大変重いものです。しかし、だからといって、その青年を日本中で寄ってたかって「人に非ず」とばかりに非難攻撃し、一切の弁明も許さず、あまつさえ、青年の刑事弁護人になった弁護士に対し懲戒請求を殺到させるなど、許されることではないと思います。それはまるでリンチと言っても過言ではありません。
いまの日本では、特にネットの世界を中心に、こうしたリンチまがいの他人に対する攻撃がまかり通っているのではないでしょうか。そして、そこにあるのも、自分は正しく、相手は絶対的に間違っているとするゆがんだ「正義感」ではないでしょうか。

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表現の自由
またまた、話が飛びますが、あいちトリエンナーレ2019の表現の不自由展の中止が問題となっています。河村名古屋市長や松井大阪市長は、中止を当然とする立場ですが、最近、黒岩神奈川県知事も、「表現の自由から逸脱している。私は絶対に開催を認めない。」と発言しています。
こうした動きに対し、中島岳志氏は「反日とみなしたものは、どんどんつぶしていく。次の段階では、個人のツイッターやフェイスブックの書込にも攻撃が及ぶと思った方がいい。クレームがきて、家を暴かれて。単なる芸術家の問題とみて傍観していたら、いつか自分たちの日常が決壊し、大変なことになる。」とコメントしています(8月4日朝日新聞)。
黒岩知事の「絶対に(開催を)認めない」という言葉に端的に表れているように、展示を認めないとする立場の人たちは、慰安婦問題の存在を提起する作品の存在自体が許せないという立場を示しています。これは、最近、加藤直樹氏が出した本(TRICK トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち)の表題に引き直すなら、慰安婦問題を言い立てるような奴らの存在は否定してしまいたいということではないでしょうか。
黒岩知事は、元従軍慰安婦を象徴した「平和の少女像」について「事実を歪曲(わいきょく)したような政治的メッセージ」であり、「慰安婦を強制連行したというのは韓国側の一方的な主張だ」との持論を述べ、記者がこれに対して質問を続けようとすると遮り、「そういう問題について深く踏み込む話じゃない」といら立った様子を見せたと報じられています。慰安婦問題についての自己の見解と異なる見解を、「事実を歪曲した一方的な主張」だと言うことは、自由でしょう。しかし、そういう以上、提起されている問題の深刻さを踏まえれば、記者の質問を遮り、「そういう問題については深く踏み込む話じゃない」と、問答無用の態度を取るのではなく、きちんと懇切丁寧に、「一方的主張」だとする根拠を説明する必要があるでしょう。反論や議論を許さず、一方的に一つの見解を「展示拒否」という形で押しつけるのは、強権による言論の封殺でしかないということに、自分の意見が絶対と信じている知事は気づけないのでしょう。
こうした態度と、前に引用した日中戦争に従軍した兵の日誌の記載「支人さえ見れば『やっつけろ』で、すぐに永の旅です。」(藤井)という感覚との間に、どれほどの差があるのでしょう。
自分が「正義」と信じるもの以外に対しては、一切何も言わせず「やっつけろ」であり「抹殺しろ」なのです。
「不寛容な社会」という言葉が言われるようになって久しいものがあります。
ここまで私が書いてきた独善的正義による他者への容赦無い攻撃も、そうした不寛容な社会の一側面ということができるでしょう。

 

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ヒロシマの声
今年の8月、広島で、小学6年生が読み上げた「平和への誓い」の一節は、いまの日本の私たち全てが、真剣に受け止める必要のある貴重な宝物のようなものではないでしょうか。

私たちは、大切なものを奪われた被爆者の魂の叫びを受け止め、
次の世代や世界中の人たちに伝え続けたい。
「悲惨な過去」を「悲惨な過去」のままで終わらせないために。
二度と戦争をおこさない未来にするために。

国や文化や歴史、
違いはたくさんあるけれど、大切なもの、大切な人を思う気持ちは同じです。
みんなの「大切」を守りたい。

「ありがとう。」や「ごめんね。」の言葉で認め合い許し合うこと、
寄り添い、助け合うこと、
相手を知り、違いを理解しようと努力すること。
自分の周りを平和にすることは、私たち子どもにもできることです。

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2019年夏(2)

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あおり運転 再び
先に私は、宮崎・喜本両容疑者の行動について、「なぜそんなことをするのか」という問いを提出しました。そして、その問いとの関係で、テレビの出演者が「彼らには、彼らの正義があるからではないか」と語っているのを聞いて、押田と藤井の本のことを思い出したと書きました。
実は、私には、昔から「どうしてそんなことをするのか」「どうしてそんなことができたのか」という問いがあり、その答えが見いだせずにいました。その問いとは、要するに、過去の歴史についての問いにほかなりません。
つまり、「なぜ、日本軍は、戦争であんなに残酷なことができたのか」という問いです。長慶重爆、南京事件、略奪・強姦・虐殺、731部隊の人体実験、慰安婦、徴工等々だけでなく、味方であるはずの、日本兵に対する数々の残酷な仕打ち(内務班の日常的な「しごき」、兵たちの命をどぶに捨てたノモンハン、インパールの作戦。特攻、玉砕など)についても同じです。それは、もし、これらのどれか一つでも、自分がその当事者として命じあるいは実行していたら、私なら、戦後を心穏やかに過ごすことなど到底できず、一生、悪夢にうなされるのではないか、と思うのに、どうして、そうではないのかという疑問によるものです。
藤井は、日中戦争に従軍した兵たちの書いた日誌や書簡などを多数紹介しています。その中に、南京事件に居合わせた兵の書簡があります。(以下、藤井 155頁~157頁からの抜粋)
1937年12月17日 「揚子江と言ふ大きな河には支人の死体が5、6千人有ります。私達が14日の日に殺した者だけでも3百の上です。人を殺しているのか何をやっているのかわからなくなってしまいます。」
同日の書簡
12月12日「敗残兵77名を取って、その場で銃殺しました。」
12月14日「敗残兵約8百名位我等工兵の手で揚子江の川べりで銃殺しました。人を殺しているのか、竹でも河に流す気か自分でもわからないほどでした。」「敗残国民は哀れなものです。幾度も手紙に書いたが1人も残して居く事が出来ないのです。何故なら彼等が1名でも生きて居たらどうなります。日本軍も戦地では観兵式で見るような兵隊様ではなくなります。相当に自分の部下を、戦友を殺し傷つけている為、気でも狂っている様です。支人さえ見れば『やっつけろ』で、すぐに永の旅です。」
「皇軍の為、日本の為に彼等を血祭りに上げているのです。この気持ちは私1人ではない。分隊全員、いや中隊全員がこの気持です。」(下線は私)
こうした直接の当事者となる兵たちの残した記録や、日中戦争開戦にあたっての事実上の宣戦布告となる政府声明での「支軍の暴戻(ぼうれい)を膺懲(ようちょう・こらしめ征伐すること)し、南京政府の反省を促す為」という戦争目的、あるいは、東条の戦陣訓に典型的に見られるような「皇軍」「皇国」「聖戦」とする認識などを踏まえて、藤井は「多くの日本の民衆が戦争目的がはっきりしていると思っていたのは、それが『聖戦』と言われたからであり、戦いに赴いたのは『皇軍』だったからである。」「兵にとっての戦争目的は、『まつろわぬものどもを討ち平らげる』ことであって、正義の源は、日本軍が天皇の軍隊すなわち『皇軍』であり、『皇軍』にまつろわぬものは逆賊であり、それは討ち平らげなければならないというのが『聖戦』である。こうして、兵の次元、また日本の民衆次元では戦争目的が設定されるのでなく、皇軍でありさえすれば正義であるとの虚構が設定される。そして実態としては、だからこそ『皆殺し』にしなければならないというように、戦いの目標設定を欠いたものにならざるをえない。信じられないような南京大虐殺は、こうした戦争目的、作戦目標のないところに、皆殺しイメージが支配したものと私は理解している。それは、殲滅(せんめつ)の思想なのである。」(藤井151頁~152頁)と書いています。
大変鋭い指摘ではないでしょうか。
皇国・皇軍・聖戦に対する匪賊・逆賊・まつろわぬものへの仕打ち。そこには、かって維新戦争のときに、会津で繰り広げられたことや、上野の山で彰義隊に対し繰り広げられたこと、西南戦争で賊軍・反乱軍(西郷の軍)に対し繰り広げられたこと、そこにも、官軍vs賊軍という構図があります。更に遡るなら、いにしえの蝦夷や熊襲に対する朝廷の苛烈な殺戮も同じ構図の中でのことです。この夏、長野の大王わさびを訪ねた人も多いかと思いますが、そこに残されている大王の記憶は、こうして朝廷によって、蛮族として攻め滅ぼされた先住民の記憶にほかなりません。侵略と殺戮によって築かれたまことにもって血塗られた政権が朝廷なのです。「我が皇祖皇宗国を肇むること宏遠に、徳を樹つること深厚なり」(教育勅語)は史実ではないのです。おっと、話が脇道に逸れました。何を言いたいかというと、自分の「正義」を絶対とし、相手を全否定するときに、人は宮崎・喜本化するのではないかということです。

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体罰
体罰がどうして問題なのかということが議論されます。話があっちこっちに飛んで恐縮ですが、「夏のつれづれ語り」としてお許し頂くとして、体罰にもこれと同じ問題がその根底にあるのではないでしょうか。以前、このブログで書いたことですが、私自身、中学生のときに、日頃から体罰で有名だったある教師から、何のいわれもなくいきなりビンタをされた記憶があります。ここで重要なのは、そうされた私の目からは、暴力を振るうその教師は、まさに、テレビ画面に繰り返し映し出された暴力を振るっている宮崎と何一つ違わない存在として見えていたという事実です。そのような暴力(体罰)が残すものは、恨みと怒りと憎しみでしかありません。たとえその教師の側に(ビンタをする)何らかの理由があるとしてもです。問答無用の一方的な体罰になった途端、そこにあるのは、教育ではなく、単なる暴力行為です。
さきほどの藤井が紹介している兵たちの日誌の中に、こういうものがありました。(読みやすいようにカタカナ表記をひらがな表記に変えて引用します)
「鶏が鳴き、親鶏とひよこが睦み、行く手のクリークに遊ぶ、この平和の郷へものものしい武装で進み来る我等を、彼等は何とみるか。輝く日の丸を土民といかなる心で迎えるか?渡支いらい日浅く、その心理知るよしもないが、…目覚めよ…と叫びたくなった。」(藤井174頁)
ここでこの兵が「目覚めよ」と書いているのは、皇軍の聖戦の崇高な理想である八紘一宇・五族協和等々を念頭に、その理想に「目覚めよ」ということかと思われます。しかし、彼が書いているように、鶏が鳴き、親鶏とひよこが睦む平和の郷で暮らしていた自分達の村に、ずかずかと軍靴で入り込み徴用と称して略奪をし、強姦をし、更には、問答無用で殺しまくる(三光作戦:焼く、奪う、殺す)、そういう日本軍から「目覚めよ」と言われても、悪い冗談にもならないでしょう。しかし、この日誌を書いた兵は、これだけの文章を書くだけの知識と知恵を持ちながら、「目覚めよと叫びたく」なっているのです。「聖戦」という正義を心底から信じているのです。だから、自ら(自国軍の)の数々の残虐行為を見ても、そこから、自分達は間違っているのではないかという方向に思考が進まず、「なぜわからないのか、なぜまつろわないのか、目覚めてくれるなら、こんなことをしなくてすむのに」という方向にしか思考が進まないのでしょう。

足立児相一時保護所
また話が飛びますが、この問題を考えているときに、東京都の足立児童相談所の一時保護所の「個別指導」のニュースが流れました。報じられているその実態は、驚くばかりです。8月17日付の東京新聞記事から引用してみましょう。
・保護所では、異性だけでなく、女子同士も「仲良くなるから」という理由で会話を禁止された。ある日、学習の時間にほかの女の子と話をしたことを注意され、職員に「今日から個別です」と告げられた。
・職員に連れられて向かったのは、ホールにつながる廊下の一角(ママ)。ついたてで囲んだ1畳ほどの畳の上に机と椅子があった。職員から道徳のような教科書とA4判のノートを渡され、書写の指示を受けた。
・個別ではここに布団を敷いて寝起きする。午前6時、他の子より約1時間早く起き、食堂などを1人で掃除し、みんなが起きてくるころにはついたての内側に。書写は午後8時まで続き、食事はついたての内側。
・ほかの子との接触は許されず、自由時間もなし。運動は他の子より長い距離を走らされた。
・女子生徒の個別は1週間に及んだという。
・別の子も、「ニコニコしていたり、指の関節を鳴らしたりしただけで個別になる子がいた。」と説明している。「そんなことしていると個別にするよ」と話す職員もいたと話していた。
これについて足立児相の所長は、取材に対し、個別は無断外出などの重大なルール違反をした場合のみで、期間も3日程度と説明し、課題は罰ではなく、自分の行動を振り返るためで、職員が1対1で向き合っているとした、と報じています。所長が、こうした説明で、弁明として足りると考えていることが、そもそも恐ろしい。
無断外出したから、廊下の隅のついたてで仕切った1畳の区画に隔離し、そこで寝起きさせる?
無断外出したから、他の子との接触を禁じ、自由時間もなく、ひたすら「道徳の教科書」をノートに書き写させる?
無断外出したから、他の子より1時間早く起こされ1人で食堂などの掃除をさせる?
これのどこに正当性があるというのでしょうか。まして、当該の女子は、無断外出したからではなく、他の子と学習時間に話をしたから個別にされたと言っているので、他の子と話をすることが、どうしてこんな仕打ちを受ける理由になるのか、私には全く理解できません。まして、この子たちは、虐待などで深く心と身体が傷ついて児相に来ている子たちなのです。たっぷりの愛情で包み込む必要がありこそすれ、このような「処罰」や「いじめ」「虐待」は論外のはずです。
しかし、都の第三者委員会から、こうした実態について改善を求める指摘がなされた後も、個別は続けられ、当該の所長は、「罰として指導していることはなかった」とし、辞書などの書写はさせたが「罰ではなく、自分を振り返ってもらうことが目的」と話すなどして、批判を否定したといいます。辞書を繰り返しノートに書き写すことがどうして「自分を振り返る」ことになるのか、常人には理解するには、困難があります。
所長が、こうまで頑張るのは、何故なのでしょう。
ここにも同じ問題が潜んでいるのではないでしょうか。私は、この所長が、子ども達を嫌い、意図的に、子ども達をいじめてやろうとか、苦しめてやろうなどとしているとは思わないし、思いたくはありません。おそらく、所長は、こうすることが子ども達のためなのだと思っているのだろうと思います。それが所長の「正義」なのでしょう。この所長の「正義」の詳細な中身は必ずしもあきらかではありませんが、ひとつだけはっきりしていると思うのは、「子供は、その自主性を重んじ、自由にのびのび育てる」ことこそ大切だという考え方の対極にある考え方ではないかと思われます。つまり、何が正しいのか、どうすべきかは、大人が子供に教えるべきものであり、子供の自主性などに任せていたら、子供は道を誤るのだという考え方です。そうした考えからすると、大人のいいつけを守らず私語を交わすのは、けしからんということになり、そうしたけしからん行動を正すために厳しく指導するのは、なんら間違っていないのであって、野放しにするほうが問題であるということになるのでしょう。こうした考えに基づく教育を完璧なまでに実践していたのが戦前の修身教育にほかなりません。
足立児相の問題は、子どもについてのこの2つの相反する考え方の一方の考え方が極端な形で表出したものということが出来そうです。ただ、私は、道徳教育を教科化した人たちの考え方の根底に、この足立児相所長の考え方と共通するものがあると思っています。とするなら、道徳教育教科化のいきつく先は、全国の小学校が足立児相化することにあるのではないかという恐れを拭うことが出来ません。