なぜ「私たち消費者」なのか?ー消費者主義の落とし穴


TPPの合意成立を受けてのマスコミの報道のほとんどは、「TPPが成立したら、『私たち消費者』の生活にどういう影響があるか」という切り口の報道となっている。だが、ちょっと待ってくれ。TPPで問題となっているのは、各国の関税であり、TPPは、その関税を基本的には撤廃させようとするもののはずだ。
だからTPPはアメリカを中心に進められてきたグローバリゼーションを更に大きく進め、巨大資本が、世界中どこでも自由きままに振る舞えるようにすることを目的とするものだという指摘がされていることは、御存知のことと思う。ここでは、そのことについては、論じることを控える。
関税は、それによって、農業・漁業はもちろん、鉱工業や製造業などの産業を守り、それぞれの国の経済の自立性を守るために設定されるのが本旨である。
従って、TPPの合意による影響を報じるなら、何よりもまず、農業、漁業、鉱工業、製造業などの国内産業にとって、これがどういう意味を持つのか、食糧自給率は更に悪化するのか、それとも改善するのか、国内産業は、しっかりした土台の上に成り立つようになっていくのか、それとも自立経済はますます危うくなってしまうのか、こうしたことを、この国を支えている「生産者」の視点にたって議論し、報じることこそ求められているはずである。ところが、マスコミは、この種のニュースを報じる時に、きまって「私たち消費者にとって」という。そのように言うことによって、農業や漁業や鉱工業や製造業に携わる国民を、議論の埒外に置いている。そしてまた、私たち国民も、国民それぞれが持っている様々な属性を捨象され、消費者としての側面だけで捉えられてしまっている。だが、国民は、何よりもまず、主権者であり、主権者として、この国の経済のあり方についても発言し、行動する権利を持つ存在である。ところが、マスコミの報道の仕方は、あたかも経済のあり方について決めるのは政治家で、国民は、その結果を受け取る消費者でしかないという立場に立っているように思える。


相田和弘氏は「日本人は民主主義を捨てたがっているのか?」という本(岩波ブックレット)の中で、今の日本の状況を「消費者民主主義」の病に陥っていると指摘している。極めて示唆に富む論考である。氏は、国民(主権者)が自らを政治サービスの消費者としてイメージして、政治の主体であることをやめ受け身になっている、そこから、「不完全なものは買わぬ」という態度になり、最近の選挙での低投票率は「買いたい商品(候補者)がないから投票しないのは当然」という態度につながり、政治に無関心を決め込んでいるのは、「賢い消費者は、消費する価値のないつまらぬ分野に関心を払ったり時間を割いてはならない」という考え方によるもので、街頭インタビューなどで「政治?関心ないね。投票なんて行くわけないじゃん」などと妙に勝ち誇ったように言うのも、あれは、自らが「頭の良い消費者」であることをアピールしているのだと分析している。更にそういう消費者の立場に立っているから、「難しい政治の話」に対して「もっとわかりやすく話してくれないと関心を持てない」という要求を悪びれもせずに出すようになるのであって、そこには「政治について理解しようと努力する責任が主権者である自分自身にはある」という認識が欠落していると指摘している。こうして「投票に行かない」「政治に関心を持たない」という消極的な「協力」によって、熱狂なきファシズムが静かに進行しているのだと氏は言っている。ファシズムが、一部の者による政治の独占、独断、専行であるとするなら、氏の指摘するように、国民が、政治の主体であることをやめ、政治を一部のものに「任せてしまう」ことによって結果的に一部の政治家の独断専行を許している状況は、まことに氏の指摘する通りと言える。
「消費者には責任は伴わないが、主権者には責任が伴うのであり、この点が、消費者と主権者では決定的に異なる」「ところが、おそらく消費資本主義的価値観が社会に根付く中、誤解がゆっくりと定着しました。政治家も主権者も、消費モデルで政治をイメージするようになってしまったのです。だからこそ、政治家は主権者を「国民の皆様」などと慇懃無礼に呼び、お客様扱いします。同時に軽蔑もしています。主権者のことを単なる受け身の、自分では何もできない消費者だと思っているからです。」と氏は言います。
まことにその通りであり、だからこそ、「TPP絶対反対」を公約して選挙に臨み、その舌のねの乾かぬ内に、「国民の生活を守るため」と称してTPPに参加したり、「平和」「国民の安全」などの空文句を並べる空疎な国会答弁を繰り返して、法案の中身の実態に踏み込んだ議論を徹底して避けて安保法制を成立させてしまうことが出来るのだろう。成立させてしまえば「受け身の、自分では何もできない国民」など、どうとでもなるというわけだ。
「消費者主義」「消費者民主主義」「おまかせ民主主義」、憲法に対するクーデターを許し、「熱狂なきファシズム」を許しているこうした傾向を、生み出し育てている1つの重要な要因に、マスコミが過去何年にも亘って繰り返してきた「私たち消費者は」という視点からの問題の取り上げ方があるのではないだろうか。

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