「時間」堀田善衛

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正月休みを利用して、堀田善衛の「時間」を読んだ。戦後間もない1955年に新潮社から刊行されたこの本は、南京事件を被害者である1人の中国人の手記の形で捉え、この事件が持つ意味を深く掘り下げている。今回私が手に取ったのは、2015年11月17日に岩波書店から文庫版で刊行されたものである。解説は辺見庸。
「日本は侵略をしていない。大東亜戦争はアジア解放の戦争だった。日本は戦争犯罪をしていない。南京大虐殺は、幻であり存在しなかった。慰安婦問題は、反日勢力の陰謀」等々。こんな主張が日本会議のような狂信的な集団だけでなく、この国の政権与党からまでも公然となされるようになった今だからこそ、この本が改めて手に取りやすい文庫本として刊行された意味は大きい。
解説の辺見庸氏が指摘するように、南京大虐殺、従軍慰安婦などいわゆる歴史認識問題は、「政治に統制、左右されるものではないにかかわらず、」「げんざい、国家間の利害を反映する政治的な行為にすりかえられ、政治利用されることがしばしばであ」るが、本来「それは人間個体それぞれの記憶、回想、想起、記録、解析、伝承といった潜在力と営為にゆだねられるべきもの」であろう。「時間」は堀田善衛氏が造形した占領前後の南京市内で自宅を日本軍の大尉に接収され、その奴僕として仕えながらひそかに地下活動に従事する陳英諦という一人の知識人の手記の形で書かれている。そうすることで、この事件を第三者的な立場でもなく、加害者側でもない、被害者の目からは、どういうものとしてあったのかを語り、事件の加害者となる日軍の振る舞いや、主人公自身を含む事件に対する被害者たる中国人の様々な反応を掘り下げその意味を思索している。その思索の1つ1つが、過去と真摯に向きあい、そこにある問題を自分自身の問題として引き受け、事件の再発を防ぐために何をしなければならないかを、主体的に考え抜こうとしない日本人に対する鋭い告発になっている。それだけではない。この本の深さは、被害者国民である中国人についても、それを「被害者」として単純化するのではないことにある。
主人公自身機銃による処刑に遭いながら奇跡的に命拾いしたが、妊娠していた妻と息子は日本軍によって殺され、従妹は日軍に強姦されて梅毒に罹患しその苦痛から逃れるためにアヘン中毒患者になってしまったという境遇にある。そうした境遇にある主人公は、自分が日本軍によって、殺された市民たちをクリークに投棄する作業に従事させられたとき、その中にまだ息のある人がいたことに気づきながら、その人を、そのままクリークに投げ捨てた自分は何者であるのかつきつめようとするのだ。それは、「戦争だから仕方なかった」として問題から逃げてきた戦後の多くの日本人の態度の対極にある態度であろう。
手記の「記憶、回想、想起、記録、解析」の一端を紹介しよう。
「十数人に姦淫されて起ち走ることのできなくなった小婦も見た。小婦は死んでいた。
膝まずき、手を合わせ、神も仏も絶対にその祈りを聞き届けねば已まぬ、完璧の祈りの姿勢をとった人々を、何十人となく見た。
砲弾に吹きとばされ裂かれた樹木の、太く鋭利な枝に、裸体にされて突き刺された人も見た。人も樹木も二重に殺されていた。
戦争で人が人を殺すのはあたりまえだ、と誰かが云った。
骨と筋肉でかためられ、神経の通った、そして動き、感じ、考えることの美しいものを、何万、何十万も最も醜悪な物と化さねばならぬような価値がもしあるとすれば、それは妄想の世界にしか存在しえない。」
「日軍にさらわれて軍夫として荷を担ぎ、車両をひかされて放浪して歩いていた時、某所で日兵が娘を輪姦した。娘は、顔に糞便を塗り、局部には鶏血を注いで難を逃れるべく用意していた。けれども、日兵たちも、もはや欺かれはしなかった。彼らは娘に縄をつけてクリークに投げ込み、水中で彼女がもがくのを喜び眺めた。やがて、縄をひいてひきづり上げた。糞便も鶏血もきれいに洗い流されていた。私は荷車に電線で縛り付けられていた。事おわってから、兵のうち1人が、
『いいじゃないか、お前も一挺やらぬか』
と云った。
その兵の顔は、用を済ませた獣と永遠に不満な人間との中間が、どんな顔つきのものであるかを明らかに示していた。失神した小婦は失神によってまことに人間らしかった。
(中略)
この淫蠱毒虐な景色からほど遠からぬところに2人の年老いた農夫がいて地を耕していた。2人は傍目もふらずに働いていた。1鍬1鍬、頭上高くふりあげて規則正しく地にうちこんでいた。1鍬、1鍬、彼ら2人がどんなに深く強く我慢をしているかが眼に見えた。」
この本の解説者辺見氏は、作家の堀田氏が陳英諦に仮託するかたちで、南京事件を書いたことを「目玉のいれかえ」と述べ、目玉のいれかえによって、「ほしいままに蛮性をむきだして殺し、犯し、略奪する『皇軍』兵士らが、蹂躙される者たちの目にはいったいどのように映じ、どのように感じられ、けっか、被害者たちにどのような思念と行動を励起したのか。おそらく近代のニッポンジンの多くにはこうした『他者』への観点と想像力がいちじるしく欠けていた。すなわち、侵攻され制服される人びとの身になって切実にかんがえてみる知性と想像力がまったく足りていなかった。作家じしん本書で吐露している『到底筆にも口にもできない』ような蛮行が可能になったのは、それゆえでもあろう。」と書いているが、まさにその通りであろう。あの戦争とあの戦争の中で「皇軍」とされた兵たちが、「五族共和」「王道楽土」「大東亜共栄圏」などなどの宣伝の下、何をしたのかを直視しようとせず、侵略はしていない、戦争犯罪は犯していない、アジア解放の戦争だったと云ってはばからない岸信介の妄執を受け継ぐ安部が、「戦後レジュームからの脱却」と正面から戦後の日本国憲法への正面攻撃をしている時だけに、この指摘は繰り返しかみしめてみる必要があろう。

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