じじとばばの会話 5月19日

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佐川不起訴
ばば:国民の財産の8億円をドブに捨てても誰も罰せられないって、日本は本当にすごい国になったものね。
じじ:そうだね。公文書を改ざんしても、競争相手を圧力ではねのけて、お友達に破格の待遇をしても、許認可がからむ特定事業者と何度も会食しても、そういう事業者の車を公的業務の際に利用しても、何をしても責任を取らず、問われず、地位にしがみついてる。そしてそれを許してしまっている国民がいる。
ばば:前川さんを「地位に恋々としがみついた」と非難していたけど、その言葉はそっくりそのままこの人達に返したいわね。
じじ:全くだ。今日の新聞にとてもわかりやすくて素晴らしい論説を書いて居る人がいたよ。
ばば:どんな?
じじ:アイヒマン裁判を傍聴したハンナ・アーレントは、ナチスドイツで、ユダヤ人大量虐殺に関わっていったアイヒマンについて「悪の陳腐さ」という指摘をしている。
ばば:どういう意味?
じじ:少し乱暴なまとめかたをすると、虐殺に積極的に関与していったアイヒマンだけど、その正体は、けっして狂信的なヒットラー信奉者であるとか、おどろおどろしい悪鬼のような人間ではなく、小心もので、ある意味では真面目などこにでもいるような役人に過ぎない。それがあのような残虐な行動に手を貸していったのは、自分の出世欲、昇進欲、保身など実につまらない動機によるのであって、自己の行動を、ヒトラーを頂点とするナチスに支配されている社会全体の意向によって正当化していただけなのだという指摘だよ。
だから、アーレントの論文が発表された当時、これは、ナチスの犯罪者たちを免罪するものだと激しい批判が寄せられたりしているんだ。
ばば:そうね。極悪非道の犯罪者と非難するならわかるけど、1人1人を取り上げたら極悪非道の犯罪者などではないというのだものね。
じじ:そう。でもね。このアーレントの指摘は、戦前の日本の状況はもちろん、今の日本の状況にも、そっくりそのまま当てはまるんだよね。 柳瀬、佐川など、あれだけの地位に上り詰めるのだから、多分官僚としてみたら、有能で優秀な人物なんだと思うよ。そういう人達が、あんなにひどく行政を歪めておきながら、嘘と言い訳を繰り返し、あんなみっともない姿をさらしている。そこにあるのは、アイヒマンが自己の行動をヒトラーによって正当化したのと同じく、安倍一強体制下で、保身、出世欲、昇進欲などによって正当化しているのだという指摘なんだよ。だから、この論者は、アーレントが「忖度」という言葉を知っていたら、「悪の陳腐さ」というのではなく、「忖度による悪」と言ったかも知れないという趣旨のことを書いている。そして、その上で、忖度されるようになったら、リーダーは終わりだ。すぐにやめる必要があるとして、安倍首相は、自分はかかわりが無いなどと逃げるのではなく、これだけひどい忖度が蔓延するようになっているのだから、即座にやめる必要があると結論づけている。実に鋭い指摘だと思うよ。
ばば:ほんとね。

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優生保護法
じじ:それにしても、この優生保護法のニュースは、言葉を失うよね。
ばば:ほんとひどい話よね。
じじ:ひどい話なのは確かだけど…僕は、ただ単にひどいと非難することに強い躊躇を感じるんだ。
ばば:というと?
じじ:こんなひどいことが行われたのは、戦前じゃない。優生保護法が施行されたのは1948年だから戦後3年経っている。そして、この法律が改正されたのは、1996年、平成8年なんだ。報道によれば、その間、教科書には、優生保護法は「社会から悪い遺伝性の病気を持った人を除き、健康で明るい社会をつくるために大切なもの」「悪い遺伝性の病気」がある場合は、「不良な子孫が生まれないように、優生手術を受けてから結婚しなくてはならない」「凶悪犯罪者には精神病や白痴の者が少なくない」とか、この法によって「素質の著しく劣悪な人に優性手術を施し、子どもができないようにすることができるようになった」、結婚相手を選ぶ際には「次の世代の素質の向上」を考える必要があるなどと書かれていたというんだ。
ばば:ひどーい。
じじ:だろ?でもね。僕には、教科書にそんな記載があったという記憶が全く無いんだ。学習指導要領に、「心身に特別な異常をもつ子孫の出生を防止し、母性の生命や健康を保護することを目的とした優生保護法に(教科書で)ふれること」とあったというんだから、僕らが使っていた教科書にも必ずこうした記載があったはずなのにね。
つまりね。教科書にこんなひどい記載があったのに、当時の僕は、それに何のひっかかりも覚えずにスルーしていたということなんだよね。
僕は、これまで、貧しい母子家庭に育ったこともあって、人を差別せずに生きてきたと思っていたけど、実際には、こんなひどいことが教科書に書かれていても、何も感じずにスルーするという差別者だったということを突きつけられているように思うんだ。だから、単純に不妊手術を強制した人達を「ひどい」と責めることへの躊躇があるんだ。まさに、アイヒマン同様に、こういうひどいことが起こっているのに、知ろうともせずにスルーしていたということで、同罪の部分があるのではないかと思うんだ。
ばば:うーん。わたしは、教科書なんてまともに読んだこともないから、何とも言えないけど、まだ、中学生や高校生だったんだから、そんなに深刻に考えなくてもいいんじゃない?それより、たいせつなのは、教科書のその記載について、学校で教師は、じじたち生徒にどんな教育をしたかじゃないかしら。
じじ:そのことは、僕も考えてる。どんな教育をしたかは、記憶が無いからわからないけど、少なくともはっきりしているのは、こんなひどいことが書かれていても、それに即座に疑問を持つような物の考え方が、教育の中できちんと子ども達に教えられていなかったんだろうなということだよね。
ばば:そう、それよ。全て国民は個人として尊重されるっていう憲法があってもそれが、戦後の教育のなかでは、きちんと子ども達に根付くような教育が行われていなかったということじゃないの。その方が重要でしょ。
じじ:そうだね。その通りだね。ばばも良いこというじゃない。そういう教育がきちんと行われていたらこんな悪法が制定されることを国民が許すはずもないし、婚外子の相続差別の規定が平成25年まで放置されることもないし、女性差別や、障害者差別、学歴差別など諸々の差別の状況も今よりずっと良くなっていたはずだね。

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じじとばばの会話 5月13日

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1 朝鮮半島問題
じじ:なさけないねえ。
ばば:何が?
じじ:本当なら、日本こそ、この動きの中心になっているはずなのにね。
ばば:あぁ、朝鮮半島の問題ね。
じじ:そう。安倍が「かやの外」になっていることで、「ほらみたことか」って喜んでいる人がいるよね。
ばば:うん、わかる、わかる。ほらみたことか、ざまぁみろって、私も思うもの。
じじ:その気持ちもわからないではないけど…。でもね、僕はそれよりも「情けない」「くやしい」という気持の方が大きいんだよ。
ばば:どうして?
じじ:今の動きが出る前、北朝鮮とアメリカは、「火の海にする」だの「先制攻撃」がどうだのと、互いに激しく相手をののしったり、挑発的な行動を繰り返して、文字通り一触即発の状況だったよね。
それは、まるで、憲法がいう「武力による国際紛争の解決」「武力による威嚇」を米・朝が地(じ)で行くようなふるまいだったよね。
ばば:そうね。こっちの方が強いぞ。いやこっちの方がもっと強いぞ、やれるものならやってみろってね。
じじ:そこらの暴走族やチンピラのチキンレースみたいだったよね。
ばば:で、安倍首相は、そのチキンレースの一方に対して「完全に一体である」なんていって、「もっとやれ、もっとやれ」ってね。
じじ:そこが情けないというのさ。
そんなばかげたチキンレースに対して、日本政府は、「『武力による国際紛争の解決』や『武力による威嚇』では、何も生まれないし良いことはない。互いに心を開いて信義に基づいた対話を粘り強く繰り返すことで、平和的協調の道を開く必要があるのではないか。」という立場で対話の道を切り開くように、先頭に立って行動することが憲法によって求められていたはずなんだよ。
安倍首相が、憲法を守り、憲法に従ってこうした行動をしっかりとっていたら、今の、韓国、北朝鮮、アメリカ、中国などの中心に日本が立って、平和への動きをリードしていたはずだよ。そうした行動を支える憲法を日本は持っているんだもの。
なのに、実際には、「もっとやれ、もっとやれ」とチキンレースをけしかけただけで、あげくの果ては、チキンレースの愚から目覚めようとしている各国の動きから完全に取り残されているんだから、これを情けないといわずに、何を情けないというかだろ。
ばば:そういうことね。「北にけんかやそしょうがあれば、つまらないからやめろといい」の宮沢賢治の爪の垢でも煎じて飲ませたいわね。

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2 柳瀬参考人
ばば:私、この愛媛県知事大好き♡
じじ:そうだね。うそと忖度ばっかりの役人や議員が、大手を振るっているなかで、歯に衣着せずに頑張ってるよね。
ばば:それにしても、この人(田崎)の「私でもおかしいと思う」は、笑っちゃうね。
「私でも」って、自分が、安倍べったりの立場だということを認める発言をしれっと言っちゃうんだもの。この人も、こういうところがあるからおもしろい。
じじ:ふふ。
ところで、3回も加計関係者と会いながら、安倍には一言も報告してないって、これって、単に「おかしい」という問題じゃなくて、完全に「違法」じゃないのかなあ。
ばば:どういうこと?
じじ:3回の面会は、官邸というんだろ?そして、柳瀬は総理秘書官。総理秘書官は、総理(首相)の手足として、首相を補佐するのが職務だよね。
ばば:そうね。
じじ:わかりやすくするために、僕と事務所の事務員との関係に置き換えてみようか。
事務所は、事務所を経営している僕ら弁護士たちの管理する場所だよね。そこで、その事務所のスペースで、事務員が事務所以外の誰かと会って会合するという場合には、2つのパターンしかないよね。
一つは、その事務員が、自分の全くの個人的・私的な用件で、自分の関係者を呼んで、事務所のスペースを使って、その人と会合するという場合。
もう一つは、事務員の職務として、上司(弁護士)の指示を受けて、誰かを事務所に呼んで、事務所スペースで会合するという場合。
前者の場合、その事務員は、事前に、管理する弁護士に、私用で事務所を使うことと、勤務時間内に私用で人と会って会合することの了解をとってなければならないよね。
後者の場合は、上司(弁護士)の指示を受けてだから、事前の了解は必要ないね。
ばば:うん。
じじ:で、ここからが大事なんだけど、柳瀬は、3回の面会について首相に一言も報告していないって言ったよね。
ばば:そうね。
じじ:ということは、前者の場合、官邸の管理者である首相に一言の断りも了解もなく、官邸の会議室を勝手に使って、勤務時間内に私的な会合を持っていたということになるから、これはもう、完璧な庁舎(官邸)管理規定違反だし、秘書としての服務規定違反だよね。
もし、これに対して、「いや、事前に断っている」と言うなら、首相は、柳瀬秘書官がこの時期に3回も加計関係者と会っているという事実を知っていたことになる。
後者の場合は、首相の指示で会っているのだから、会った後に指示した首相に復命するのが、服務規程上の義務のはずだよね。だから報告してないとするなら、それもまた違法だよね。それにそもそも、首相の指示で会っているんだから、首相が加計と会うように指示したということになって、「知らなかった」という首相の嘘がばれるよね。
ばば:そうか。そういうことか

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3 「混乱を避ける狙い」
ばば:ふーん。平成から新しい元号に変わってもしばらくの間、平成を使い続けることを検討しているんだって。
じじ:どういうこと?
ばば:なんかよくわからないけど、税金や年金システム、銀行なんかで、平成と新元号との「混乱を避けるため」だって。その方がよっぽど混乱するんじゃないかしら。
じじ:たしかに。今だって、1991年は平成何年だっけ?とか、平成27年は西暦何年だっけ?って良く混乱するんだから、混乱を避けるなら、公用文書等は全て西暦で統一するのが一番だよね。

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4 終わらない夏
じじ:この本、よかったよ。
ばば:なんという本?
じじ:浅田次郎さんの「終わらない夏」
ばば:どこがよかったの?
じじ:この本は、あの戦前の戦争末期の時代を舞台に取り上げて書いているんだけど、そこに登場する人たちが、なんというかな、みんな善意の人たちなんだ、それこそ、「ねこそぎ動員」の計画書を作成する大本営の人から、それに基づいて農家の一人息子に召集令状を届ける役人に至るまで、みんな「善意の人」なんだ。
ばば:大本営の人まで「善意」って、なんか嘘くさくないの?
じじ:確かに、最初は僕も、これはどうかな?って思わないでもなかったよ。僕の中には、大本営の人なんて、「硫黄島からの手紙」に登場する中村獅童みたいなゴリゴリの国粋主義者というイメージだったからね。でもね、読んでいて気づいたんだ。
これって、すごく大切なことを著者は、伝えようとしているんじゃないだろうかって。
ばば:すごく大切なことって?
じじ:つまりね。戦前の日本があの無謀で愚劣な戦争に突入していくことを食い止められなかったのは、中村獅童のような者たちが、この国の多数を占めるようになっていったからだというのは、違うよと言いたいのではないかと。2・26、5・15などを経て、そういう人たちも確かに増えていったけど、もっと大事なのは、ごく普通の平凡でまじめで、誠実な庶民たちが、いつの間にか、戦争を支え進める歯車としての役割を担うようになっていったという事実なのだということを、この著者は伝えたいのではないかと。