こたつの想い出

image35

急に寒くなり、テレビで、炬燵(こたつ)をセールスポイントにして繁盛している居酒屋の話題が取り上げられていた。それで、自分の子どもの頃のことを色々思い出した。長野の冬は、冷え込みがきつく、朝起きると布団の首周りの部分に霜がついていて、湯たんぽのお湯で顔を洗ったあと使った手拭いを残りのお湯ですすいで絞って干そうとして、パンパンと水気を切ると、直ぐに裾の方から凍ってしまうほどだった。窓ガラスには、美しい霜の花が咲いて、やがて差し込んでくる朝日があたるとその部分から、少しずつ溶けて消えていった。それが惜しくて、薬品で葉脈だけにした木の葉を、その上に置いて日の光を当てると、全体が青く色が付き、そこに葉脈部分だけ白く残る用紙(多分、今から思うと青焼き用紙のようなものだったろう)を窓ガラスの手前側に貼り付けて、霜の花を用紙に焼き付けられないだろうかと試みたことがある。もっとも、当然といえば当然ではあるが、焼き付けのためには日の光が必要なのに、その日の光は、肝心の霜の花を溶かしてしまうのだから、この試みが成功するはずもなく、紙は全体が青く変色するばかりだった。
そういう寒い日々の中でも、暖房は、炬燵と火鉢のみしかなかったから、寒さが厳しいときには、火鉢にまたがる(股火鉢)か、炬燵の中に肩まで潜り込むしかなかった。ところで、その炬燵は、炭から炭団(たどん:炭の粉を丸く固めたもの)、そして練炭と少しずつ変わっていった。炭熾(おこ)しは、母がほとんど毎日のように残業をしていたこともあり、私と兄の仕事だった。炭熾しは、先ず七輪で薪を焚き、その上に炭(後に炭団や練炭)を置いて、それに火がついたら、炬燵の灰の真ん中を掘ってそこに炭を入れるというもので、七輪での炭熾しは屋外での作業となるので、子どもにとっては結構きつい仕事であった。
あれは、いつだったか。長野で待ち合わせて母と兄と私の3人で千石の映画館で映画を見たことがある。長野で待ち合わせたということからすると、多分母が日直で休日出勤した日だったのだろう。何を見たかは覚えていない。待ち合わせ場所にやってきた母は、手にいつものバッグだけでなく、何やら包装されたものを持っていた。
「かぁちゃん、なに?それ」
「ふふふ。いいものよ。後で家に帰ったら見せてあげる。」
ニコニコしながらも母はもったいぶってしまって、なかなかそのなかみを教えてくれない。
そうなると、ますます早くなかみを知りたくなるというもので、映画館に入っても映画そっちのけで、「ねぇ、なに?なに?」としつこく聞き続け、根負けした母は、映画館の椅子の下でそっと包みを開いてなかみを見せてくれながら「電気炬燵よ」と教えてくれた。
もう、それからは、嬉しくてワクワク、ドキドキしてしまい、一刻も早く家に帰って電気ごたつを確かめたくて、映画のなかみは全く頭に入ってこなかった。
家に帰って、こたつの中に電気炬燵をセットして、コンセントに繋ぎ、スイッチを入れた途端、赤外線ヒーターの赤い光が周囲を照らし、差し伸べた手に伝わるその暖かさに、歓声を挙げたものだ。
あのときの電気炬燵の暖かさは、貧しい生活の中でやりくりしながら、子ども達の負担を少しでも減らそうとしてくれた母の優しさのぬくもりでもあった。
電気炬燵を買う、というそれだけを取り上げると何ということもないことかもしれない。それでも、火鉢の代わりに石油ストーブを買ったり、七輪の代わりに石油コンロを買ったり、正月に新しい足袋やセーターを買ってくれたりという1つ1つのことが、当時の私たちにとっては、嬉しく、幸せを感じる一時であったことは間違い無い。そうした積み重ねがあったから、貧しさにくじけることも、いじけることもなく、生きてくることができたのではないかと思う。
image7
座間の事件から、少し調べて見た。
日本の平成26年の自殺者は、24,000人を超えている。行方不明者が8万5,000人近くであることからすると、実際の自殺者は、もっと多いと推測される。行方不明者の内、10代と20代が合計39.1%も占めている。33,000人以上の若者が毎年行方不明になっている勘定だ。
単身世帯の46.4%、2人以上世帯の31.2%は、将来のための貯え(預貯金や有価証券など)を全く持っていない。これは、リーマンショック当時(2009年)のそれが、それぞれ29.9%、22.2%であったことよりも更に悪化している。
所得格差を表すジニ係数は、40%以上は、社会騒乱警戒ラインとされているが、日本は37.9%になり、戦後最高の格差となっている。
それが国民総所得名目GNI世界3位のこの国の現状なのだ。無惨としかいいようがない。
私は、「私は日本国憲法です」の中で、友人が、学習会に来ていた青年から「だって、俺らが、こんな状態なのは、憲法のせいじゃないか」と言われて呆然としたというエピソードを紹介した。
たしかに、この無惨な状況に置かれている人達にとって、「憲法があなたたちを守っている。守ってくれる」などと言われても、到底受け入れられないであろう。例えば、大阪の府立高校で、茶髪を染めろと、執拗に強要された女子生徒がいる。同じ高校では、憲法の教育もしていることだろう。当然そこでは、憲法の3原則は、平和主義、国民主権、基本的人権であると教師は生徒に教えているはずである。その同じ教師が、茶髪の生徒に、髪を黒く染めろと強要しているのだ。この女子生徒にとって、憲法の3原則を教える教師が、自分に、理不尽なことを強要するのだから、「憲法が守ってくれる」などとは到底思えないことは明かではないだろうか。
こうして絶望的なまでに無惨な状況におかれている人々には、「今の社会を変える」という言葉だけが、耳に届き、心に響くことになる。何故、何を、どう変えるのかということよりも、とにもかくにも「変える」「変えて欲しい」という思いが、小泉や、維新や、都民ファーストに対する「何か変えてくれそうだ」という思いとなって「風」を生み出し、安倍の空疎な「変革」に惹きつけられているのではないのか。
そうだとするなら、こうした無惨な状況を1つ1つ憲法を武器にしながら正していくための取り組みを強めていくこと、そのことを通して「憲法こそが国民の生活と権利を守る武器なのだ」という実感を拡げていくことこそ、今最も必要なことなのではないだろうか。

 

広告

ごめんなさい。

DCIM0520

なんということか。これまでこのブログに寄せて頂いた皆さんからのコメントに、その都度、御返事を書いていたつもりだったのに、どうも、それが全て送信されていなかったらしいことに今日気づきました。

年寄りの冷や水。バカ、ドジ、間抜け、アホ。何とでも言って下され。自分でも呆れています。不快な思いをされたみなさん、どうか許してください。